傑作。作者の十八番である江戸に関するネタを大量投入したタイムスリップSF。あらすじを簡単に書いてしまうと、ドラマにもなった『仁』のようなもので、リーマン経験もある科学評論家の主人公がヒョンなことから江戸時代にタイムスリップしてしまうという話。
主人公はこのタイムスリップ現象を「転時」と呼んでいて、この転時した先の江戸時代で脚気を治療する薬を煎じたことから、主人公はタイトル通りの神仙扱いされることになるのですが、本作で注目すべきはこの主人公の設定の秀逸さでしょう。彼は『仁』の主人公のように医療の専門知識を持っているわけではないものの、会社勤めの経験もあり、医学や科学に関する知識を広く浅く持っているゼネラリスト。
この脚気の煎じ薬で一儲けすると、大人気の辰巳芸者(未成年)の娘と懇ろになり、彼女の旦那におさまってしまう。本作はシリーズものとなっており、本作を含めて七作が刊行されているのですが、五作目となる『いな吉江戸暦』までを読了した感想をここで簡単に書いてしまうと、江戸にタイムスリップしてしまって現代に戻れるかどうか判らない、という不安とSF的な整合性をとろうと腐心する主人公の様子を堪能できるのは、第一作となる本作がピカ一。
上にも書いた通り、主人公は未成年の辰巳芸者の旦那となり彼女とエッチしまくるのですが、SF的視点からすると、下手をして二人の間に子どもでもできてしまったら未来が改変されてしまうのではないかと危惧されるところではあるものの、主人公は先妻が死別したおり、ヤケクソでパイプカットをすませてあるという盤石な設定が面白い。避妊具がない江戸時代で未成年とヤりまくっても心配無用というわけで、三作目となる『大江戸遊仙記』あたりからは文明批評に加えて、官能描写がマシマシになっていく作風の変化は、読者のリクエストに応えたものなのかどうか、興味のあるところではあります。
後半、主人公が現代に戻れると思った矢先にある事態が出来して――というラスト間際の盛りあがりが素晴らしい。シリーズものになっていることだし、結末を明らかにしても没問題かと思うので書いてしまうと、主人公は無事現代に戻ることができ、転時する前の恋人と再会してめでたしめでたしとなったものの、やはり気になるのは江戸に残してきた辰巳芸者の恋人、というか愛人で、彼女のその後はいったいどうなったのか、――という思いに対して、非常に痛快な幕引きが用意されているところがとてもイイ。
江戸激推しの作者らしく、現代から転時してきた主人公が江戸の風物と現代社会を比較しながらひとくさり意見を述べてみせるのですが、本作は第一作ということもあってか、このあたりはかなりおとなしめ。巻を経るごとに、作者が憑依した主人公の口から語らられる文明批評はますますヒートアップしていくため、人によってはこのあたりが鼻につくやもしれません。
後半の盛りあがりが愉しめるのは五作まで読んだ印象だと、本作と二作目となる『大江戸仙境録』が一番ではあるものの、五作目の『いな吉江戸暦』で転時の様態に紛れが生じたところが個人的には気になるところで、ラストはどんなふうにまとめてみせるのか。気になるところです。
本作だけでも一話完結の物語として十分にまとまってい、タイムスリップものとしてなかなか洒落た幕引きが用意されているゆえ、この手の話が大好きという方には大いにオススメできるのではないでしょうか。