名前のない殺人鬼 / 大石 圭

大石ワールドの殺人鬼といえば、自分の場合『人を殺す、という仕事』がもっとも鮮烈な印象を残す一冊で、あちらは、神のごとき力を持つある存在から殺人の指令が下る――という理不尽な設定が光っていたわけですが、本作ではDVという、過酷な現実によってある宿業を背負っているボーイが主人公の殺人鬼(もっとも”鬼”といっても、義務としてイヤイヤ殺っているので、この点についてはタイトルに偽りアリ)。

父親によるDV地獄の家庭から救われた主人公は、しかし戸籍さえ持たない透明な存在で、いまは彼を助けてくれた弁護士の女性の家で暮らしている。もちろん単なる居候というわけではなく、料理をつくったり、ときには彼女に肉体奉仕までを行っているのだけれど、……ここではくだんの女性が極端な男性嫌悪症で、ボーイには女装を強いているところがミソ。

弁護士である彼女は、相談を受けたDV被害者の女性を助けるべく、DVの加害者である夫を殺していくのですが、この殺人の実行犯が主人公のボーイ。女装姿で仕込み針を使ってDV男をズブリ、――という「必殺」を彷彿とさせる殺害方法が粋ながら、彼じしんはこんなことをしていいのかという葛藤とともに、かつての産みの親はいまどうしているのだろうということを始終ボンヤリと考えている。……

母親との因縁とあれば、『殺人勤務医』のようなダークな展開が待ち受けているのかと思いきや、個人的にはこの結末、主人公の明るい未来と、それが受け入れられるのかという不安を残しつつ、存外に爽やかなハッピーエンドと見えなくもない。

女装ボーイという主人公の属性が、昨今のLGBTムーブメントムに配慮したものなのかは不明ながら、意外な側面を感じさせる一方、近作ではボリューム・アップのエロ描写においては、DV男の口虐肛虐をタップリ凝らしているところは期待通り。DV男の台詞に「それにしても、上手いなあ。本当に上手いよ。まさにフェラチオクイーンだ」と”フェラチオクイーン”なるパワーワードをちりばめて口虐シーンを活写してみせたりと、作者の偉大なるマンネリズムは健在至極。”そっち”の方で大石小説を読み続けている長年のファンもニンマリできるのではないでしょうか。

傑作ではありませんが、ファンにとっては安心の佳作という言葉が相応しい一冊。