トラップ・ハウス / 石持浅海

本作は「デビュー10周年記念連続刊行」の一冊とのことで、だとすればかなり気合いの入った一冊かと結構期待して読んでしまったのですが、これがマズかったのかもしれません(爆)。過剰な期待に応えてくれるような作者の新境地や、10周年の集大成ともいえる風格というわけではなく、極めてカジュアルな仕上がりでありました。まあ、これはこれで肩の力を抜いて愉しめたことも事実なので、それほどのガッカリ感はなかった、――ということは慌てて付け加えておかなければいけません。

物語は、大学卒業間近の若モンたちが、キャンプ場のトレーラーハウスにワイノワイノと入ったところで閉じ込められてしまう。この絶望的閉鎖状況の中で、思わぬ人死にがあり、彼らの隠された過去と何者ともしれない犯人の悪意が炸裂する、――という話。

彼らを閉じ込めた犯人は誰なのか、そしてその意図は何なのかというフーダニットとホワイに注力した見せ方のほか、タイトルにもあるトレーラーハウスが転じてトラップ・ハウスとなってしまったところから敵の罠と仕掛けを推理していくというエンタメ方向にもキッチリと配慮した見せ場が用意されているところは秀逸です。

とはいえそこは石持ミステリでありますから、罠とはいっても、力づくでドカーンと弾けるような大仰な仕掛けではなく、梅安よろしく盆の窪にグサリと仕留めるのはいいとしても、獲物の思考を先回りして仕掛けた罠というのがただの画鋲という、小学生の悪戯レベルだったりするのにはチと苦笑い。

犯人捜しを突き詰めていくにつれ、彼らの隠された過去と、プロローグに描かれた親友の死の真相が仄めかされていくのですが、この過去は石持ミステリらしい気持ち悪い倫理を前面に押し出した集団を絡めてはいるものの、それほど大きくクローズアップされることはありません。むしろ本作の場合、そうした気持ち悪い倫理感を極力表に見せないことで、ノンケの読者にも配慮したのではないかと勘ぐってしまうほどのおとなしさで、このあたりの過剰な気配りに、石持マニアは物足りないと感じてしまうカモしれません。

とはいえ、お約束のエロに関しては、トレーラーに閉じ込められたあと、水がマトモに使えないことを察した娘ッ子に、

「みんな、大きい方は大丈夫? 小さい方ならまだ放っておいても耐えられるけど、大きい方はさすがに流さなきゃならないでしょう。使える一回分の水は、大きい方に使うべきだと思うんだけど」

という台詞を言わせてみたりと、気持ち悪い倫理感という石持ミステリ最大の持ち味の一つを封印してみせたのとは対照的に、シッカリと従来からのファンへのサービスを用意してくれています。こうしたエロの見せ方でもっともニヤニヤしてしまったのは、今回の犯行が共犯ではなく、単独犯であることを証明していくところで開陳されるスマートなエロジックで、ここでは上の台詞を口にした娘ッ子が、これまたムフフとほくそ笑んでしまうような台詞を口にしてくれます。

とはいえ、そうしたエロジックの片鱗が感じられつつも、爆発には至らず、ここでもやはり物足りなさを感じてしまう、――というのは、やはり10周年記念というまさに歴史的な作品ともいえる本作に「おしっこ、もれちゃう!」や「あ、ん、は、激しいっ」というような名台詞を残して”問題作”というレッテルを貼られてしまうのを担当編集者が怖れたのか、どうか、――そのあたりの真実は不明ですが、10周年ということでもう少しド派手な花火を打ち上げてみせることもできた筈で、何だったら上で「大きい方は大丈夫?」と口にした娘ッ子の放尿シーンを男衆がニヤニヤしながら覗き見るシーンくらいを挿入してもよかったのではないか、などと、ないものねだりをしたい誘惑をかられてしまう本作、決してできが悪いわけではないのですが、石持ミステリならではの精緻なロジックはもとより、氏の独擅場ともいえるエロジックの鋭いキレがなかったところに少なからず物足りなさを感じてしまった次第です。

過度な期待は禁物ですが、石持ミステリのロジックをカジュアルに愉しみたいという読者であれば、鼻歌を歌いながら気軽に手に取ることができる一冊といえるのではないでしょうか。