「さァて、珍しく体調の良い日が続いているし、そろそろ超弩級の本に取りかかるか……」なんて”軽い”気持ちで手に取った本作、実をいうと終盤まで読んでいるのがかなりの苦行で数日かかってしまいました(苦笑)。しかし結論をいってしまえば紛れもない歴史的傑作で、最後の最後はもう完全にノックアウト。
物語の”表層”は、ある一族にのみ伝わる秘能の謎と、その舞台で発生した殺人事件の謎解きを行う、――というものなのですが、「オペラ」シリーズの最後を飾る一冊で、”検閲図書館”が狂言回しとあれば、そんな単純なお話で終わる筈がありません。
何しろこの秘能というのは、「世界最古の探偵小説」であり、「贖罪能」でもある。そしてこの秘能における「世界最古の探偵小説」たる所以と、そこから生起する不可能犯罪が語られていくのですが、この謎について能を演じる側はもとより、観客もまたその謎を推理しなければならないというのがミソ。奇しくも探偵たる演者と読み手である観客が重なりあうという趣向が、最後の最後で大爆発を見せるという仕掛けが用意されており、それと同時に国家における大罪や宿業といった観念のもろもろが大量死を飲み込むかたちで読者の前に立ち現れる終盤の展開には唖然とするしかありません。
このあたりを少しでも語ろうとするかなりアレなのでチラリチラリと仄めかすしかないのですが、ジャケ帯にある「3.11を超えて著者が贈る破壊と再生を紡ぐ本格伝奇ミステリ」という言葉から、この超絶的な物語を、自分は敢えて先の大戦という舞台を借りた、”今”のものとして読みました。実際、この秘能に対する国家のかかわりや、それに抗おうとする一族の目論み、さらにはこの秘能の謎が孕んでいるアンチ・ミステリ的な様相は、3.11以後であればそう読まざるを得ないといった代物でもあります。
輪廻転生や蝶の夢など、山田ミステリならではの幻想・幻視の要素をふんだんに凝らした趣向が、単なる幻想”的”要素にとどまらず、この秘能の謎や国家的企みとの隠微な抗争と絡み合うことで、美しきアンチ・ミステリへと昇華される終盤の謎解きは鳥肌もの。その一方、謎解きによって明らかにされた真相の姿と”現実”との拮抗を読者の中でどうとらえるかという問題もあって、人によっては「終の段」で描かれる美しき反現実の幻想描写に悪酔いして、本作を平行世界をモチーフにした幻想小説と読みたくなる誘惑にかられてしまう方もいるのではないでしょうか。
しかしそうした甘い「読み」が許されないのは、本作の要となっている秘能で提示される謎を探偵である演者と読者である観客がともに推理しなければならないという”責任”を負わされていると同時に、この秘能の謎そのもののアンチ・ミステリ的真相からも明らかで、幻想としての”救済”という生ぬるいシーンで幕引きとせず、この語り手の宿命と現実によって、おおよそ美しくない幕引きで本作をバッサリと終わらせてみせた作者の決意を、読者がこれからどう受け止めていくべきなのか、――とりあえず大量死とか難しいことはよく判らない読者であっても、この物語を読了してしまった以上、これからずっと考えていかなければならないことなのかもしれません。
三部作ではありますが、今回はいつになく”検閲図書館”の影が薄く、――もちろんそれにも理由があるわけですが……、これ一冊を独立した物語として読んでもまったくの没問題。黙忌一郎サマ萌えッ!なんて腐女子的には、まァ、少年時代の麗しくも謎めいた忌一郎サマを拝むことができるのでそのあたりは吉としても(爆)、探偵が探偵らしい活躍を見せる探偵小説では決してない風格は健在というか、シリーズ中最強。読者に現実との対峙を強いるというアンチ・ミステリ的風格もまた最強という大問題作ゆえ、軽い気持ちで読み始めると最後の最後で大火傷します。心してかかるべしと脅すのもナンですが、まさに今読み、そしてまた未来において読み返されるべき傑作といえるのではないでしょうか。オススメです。