午前零時の恐怖 / 水流添 秀哉

リーマン仕事に復帰してまたムチャクチャ忙しくなってきたためか、眼の疲れがもう限界に達しているため、仕方なくペラペラで活字の大きい本書を再読してみました。「午前零時の?」と言えば「サンドリヨン!」と応えるのが本格ミステリ読みの常識ではあるものの、ダメミスマニアの好事家であれば、ここは「恐怖ッ!」と怪鳥のごとき雄叫びをあげて応じてみたいところ、――とグタグタのだべりはこれくらいにして先に進みます。

本作はチープな血飛沫をあしらったジャケ帯に曰く「14歳の著者が、大胆なトリックを駆使して描くミステリー」とある通りに、14歳のぼっちゃんが何を思ったのか、陸の孤島モンのミステリーを書いてみましたという一冊です。

陸の孤島と化した別荘というジャケ帯の言葉通りに、新米刑事が箱根の誕生日パーティーに招待され、そこで突然地震が発生。外界との連絡を絶たれたこの別荘で次々とコロシが行われ、……という話。

こうした物語の結構であれば、フツーはコロシが起こるたびに容疑者は絞られていき……というのが定石ながら、本作では招待客が二百人以上という大盤振る舞いゆえ、そもそも消去法とかそういう難しいことはボク、判らないんですという展開がむしろ清々しい。人死にが連続すれば、次はオレかもしれないと皆が疑心暗鬼に陥り、それが二百人以上という大人数とあれば別荘内がパニックになってトンデモないことになるんじゃないか、と心配になってくるのですがご安心を。そもそも殺人事件がありましたというアナウンスが招待客全員に周知徹底されていたかもはなはだ怪しく、その一方で、食事の時間には、

「ただ今、食事のご用意ができました。食堂の方でお配りしております」

という暢気たらしいアナウンスが毎度流れるというコージーミステリ作家の強者が束になっても絶対に思いつかないようなブッ飛んだ描写も見所で、このアナウンスがダメミスでは必須項目ともいえる『食に対するこだわり』を強化している点にも注目でしょう。とはいえ、そこは世間を知らない十四歳のボクちゃんが書いたミステリでありますから、レタス畑や生しらす丼、ほっけの塩焼きから、はてはハンバーグ弁当を食べるシーンを微に入り細をうがって活写することなど期待する方がアンポンタンというもので、以下、引用すると、

ただ今夕食のご用意ができました。今回の夕食はビーフシチューでございます。ぜひ、食堂へお集まりください。

夕食のご用意ができましたので大広間の方へ。今夜は特製ラーメンでございます。熱いうちにお召し上がりください。

ラーメンといっても、どんなラーメンかについての描写にも乏しく、またビーフシチューがどんなモンなのかについても判然とはしないとはいえ、そうした『食に対するこだわり』がないように敢えて見せかけることで、逆にこのアナウンスそのものをフーダニットへの巧みな伏線へと昇華させているところなど、偶然とはいえ作者のミステリのセンスも捨てたものではありません。

こうしたミステリの定石を裏返すというよりは卓袱台返しのごとくに反転してみせる作者の手癖は、このアナウンスとフーダニットの連関のみならず、青酸カリによる毒殺死体であればまず定番のある事柄についても見事に活かされてい、テレビや小説の知識しか持ち合わせていない一般読者の先入観を、脱力のトリックで見事に騙してみせる豪腕ぶりはただ者ではありません。このようなトリックは、ミステリに対する常識を持ち合わせた大人であれば、まず羞恥心が先にたって書けるはずもなく、個人的にはこの犯人が仕掛けたトリックだけでも本作をダメミスの傑作として推したいところです。

箱根に行くまでの過程で、ロマンスカーの切符を買ったり、途中停車駅の町田での描写をくだくだしく綴ってみたりという、本筋とは関係ないところに力を入れた構成もダメミスとしては非常によくできており、そうした枝葉をずらりずらりと並べて「もう犯人は誰でもいいから早く終わってくれよー」という読者の嘆きを引きだすことに成功した美意子タンの『殺人ピエロの孤島同窓会』に比較すればペラッポラッという薄さとも相まって、ダメミスに耐性のない方でもとりあえずほんの少しの辛抱で、ダメミスを一冊”読破”したという”実績”を勝ち取ることができるところも好印象。「覇王とか呆王とか話には聞いているけど、ちょっと難易度高そうだし……」なんてモジモジしているウブな子にも自信を持って勧めることができる一冊といえるのではないでしょうか。

レンズ沼ならぬダメミス沼の深淵を覗くというには、あまりに薄っぺらく、上澄みでしかないとはいえ、「食に対するこだわり」「無駄なディテール」など、ダメミスの必要条件はシッカリと満たしているところから、ダメミス作家を目指すワナビーの諸兄もまずは一読を、そしてもちろん作者が敬愛する東野圭吾のようなベストセラー作家を目指す方にも、素晴らしい反面教師となりえる一冊ゆえ、取扱注意ながらオススメ、ということで。