さあ、地獄へ堕ちよう / 菅原 和也

「史上最年少受賞者による」というジャケ帯の惹句にダメミス臭を感じて購入。さらに何だかチャラいカンジの著者近影に添えられた経歴――「19歳の時に上京し、上野のピアノバーでバーテンダーとし2年ほど勤務するが、アルコール依存症になりかけたので退職。その後、東京都内のキャバクラでボーイとして働く」といったあたりからも、ケータイ小説っぽいノリのダメミスかな、と読み始めたのですが、そうした期待は良い意味で裏切られました。

アマゾンに上がっているインタビューでは自作を「かなりエグい小説なんで……」といってますけど、結論から言ってしまうと、グロ耐性のない初な娘っ子でも全くの没問題。むしろこのインタビューのなかで、著者が『ハサミ男』の名前を挙げていることの方が気がかりで、ミステリ読みの方々が”そっち”方向の仕掛けがあると期待してしまうのでは……”ない”ものを”ない”っていうことが重大なネタバレになるのかどうかも判らないので詳細は語りませんが、とにかくそういうのは期待しちゃダメってことで(爆)。

あらすじを簡単にまとめると、SMクラブで働く娘ッ子がひょんなことで再会した幼なじみのボーイからヤバげなサイトの存在を聞かされる。しかしその後、件のボーイが何者かに殺害されたのをきっかけに、彼女の周囲では不可解な人死にがまたもや発生。この事件の背後には件のヤバげなサイトの存在があると確信した娘ッ子は自らが探偵となって事件の謎解きに奔走するのだが、――という話。

SMクラブで、登場人物がのっけからルーシー、クッキーちゃんとカタカナであるところから、何となく平山夢明のようなグロテスクの極北と背徳美溢れる物語を期待してしまうのですが、作者がいうほどエグくはないです。むしろこのあたりは少し前に一世を風靡したケータイ小説のノリに近く、「この世界はぬるま湯みたいな地獄なんだ」とか「誰も声を大にして言わないから、代わりにあたしが言ってあげるの。大きな声で、みんなに聞こえるように。……この世界は巨大な汚物入れだ! ってね。」とか、「思いやりとか、愛情とか。要らないんだ、そんなの」みたいな厨二病っぽい台詞にくわえて、「ねえ、ここってどういう場所なの?」「ここは深海よ」「ここにいるのは、みんな深海魚。何かの間違いで、地上の羊たちの群れの中に産み落とされてしまったの」みたいなヌルーい会話が娘っ子の周りで交わされるという風格ゆえ、難しいことよくわかんなーい、なんていうキャバ嬢でも安心、というイージーな仕様が好印象。

もっとも話が進み、探偵役の娘っ子が事件の闇にかかわっていくうち、ブランディング、スキンリムーバル、サブインシジョン、ボディ・サスペンションなんていうコ難しい横文字がズラリズラリと出てくるものの、こうしたジャーゴンの意味についても登場人物たちがその都度くだくだしく説明を加えてくれるというところも、Facebookであれば思わず「いいね!」ボタンを連打してしまうほどの安心設計ゆえご安心を。

実をいうと本作、前半のほとんどはSMクラブの情景描写とイカれた登場人物たちの逸話に費やされており、実際に娘っ子が件のサイトにマトモにアクセスするのが物語の後半三分の一にさしかかったあたりからという展開の甘さなど、人死にがあるといっても一向に話が進まない鷹揚な展開に、せっかちなロートルは苛立ちを通り越して殺意さえ覚えるのでは、というところがやや心配。

作者がかなりエグいと言っているSMだのの痛い描写についても、平山夢明『Sinker―沈むもの』や飯野文彦の『バッド・チューニング』などを通過してきたマニアであればメリケン甘菓子くらいに甘すぎるという物足りなさゆえ、そうしたディテールはどうでもいいよ、という読者であれば、やや饒舌に過ぎる前半部のSM云々のあたりは軽く読み流しても没問題ではあります。もっとも『Sinker―沈むもの』も『バッド・チューニング』も読んだことない、という初初なボーイやガールであれば、作者の饒舌な筆致に「うわー、気持ちわるーい」と眉根を顰めてページをめくっていくのもアリでしょう。

ヤバげなサイトは殺したい者と殺されたい者との出会いの場で、――なんていうのは今やミステリの世界では手垢のついた設定ながら、裏でこのサイトを運営していたとおぼしき輩がいよいよ姿を見せて、このサイトの真意と機能が明かされていくあたりから、本作は俄然本格ミステリらしくなってきます。身近な人物の殺されたことをきっかけに探偵行為を始めたヒロインがある行為をアッサリと犯してしまう不条理や、「殺し」「殺される」という対の見立てがサイトの真相開示によって異様な形へと転倒する趣向は栗本薫の某作をも彷彿とさせます。

これで終わりかと思っていると、最後の最後でどんでん返しがあるのですが、真犯人ともいうべき存在のフーダニットはややありきたりながら、ヒロインが探偵行為を行っていく過程で二つの仮説が行き違いになっていたという構図がいい。ただ、この構図といい、ヒロインがただ周囲の人間に聞き込みを続けていくという展開は、何だか新本格以前の昭和の香りがプンプンとしていて、史上最年少受賞者とはいえ、物語の風格は何だか懐かし風味がするところがかなり不思議な仕上がりです。

香山氏がジャケ帯で「ポリス・ヴィアンの再来だ!」と絶賛しているのですが、自分は桐野夏生の『顔に降りかかる雨』に近いかな、という印象を持ちました。ジャケ帯には「破滅型ミステリ」とあるものの、この終わりはむしろ清々しく、絶望的なハッピーエンドといえるかもしれません。また『「死にたい」が口癖です1日に9回は呟きます」という作者の受賞の言葉の引用が、むしろ作中に登場する謎のサイトの真の目的を隠蔽するための巧みな誤導となっているのも心憎い。

存外にマトモで、けっしてエグくはない、むしろSMクラブが舞台で登場人物皆変態、という設定にもかかわらず、清々しい雰囲気さえ感じさせるのは、変態といわれる登場人物たちがいずれも紋切り型の、どこにでもいそうな変態ばかりだからで、そこには平山ワールドの登場人物たちのような個性はありません。しかし、どんな背徳で変態を極めようとも”普通の”変態でしかなく、登場人物である彼らの悲劇が薄っぺらく感じられてしまうという逆説が秀逸で、ケータイ小説のような見てくれながらも存外にマトモな小説です。ダメミス、変態グロ小説など、ひねくれた小説を求めてやまない好事家ほど、むしろ物足りなさを感じてしまうのではないかというノーマルさゆえ、ダメミスでもグロ小説でもない本作は、むしろド派手な惹句などには騙されず、肩の力を抜いて昭和を感じさせるフツーのミステリ小説を愉しむ気持ちで挑むのが吉、でしょう。繰り返しますが、かなりマトモで、フツーに面白い小説です。