傑作。密室モンとくれば、密室トリックがキモで、マニアとしてはまずそのハウダニットに興味がいき、次に誰がやったのか、密室にするための理由づけが云々……といったかんじで読み進めてしまうのが常ながら、本作はそうしたベタベタの密室ものとは一線を画する秀作揃い。密室マニアよりは、むしろ事件の構図や逸話の重なりがもたらす仕掛けの巧みさなど、現代本格的な読みを好まれる読者のハートを鷲摑みにしてしまう技巧の数々には惚れ惚れしてしまう一冊です。
収録作は、五編の中ではもっとも密室ものらしい体裁ながら、密室を紐解く端緒となるあるブツに絡めた逸話も含めて、密室の背景にミステリとしての物語の強さを見せる秀作「柳の園」、すでに名作認定したいほどの華麗な密室への仕掛けと、タイトルにもある少女と少年の哀話と意想外なフーダニットの三位一体がもたらす恍惚「少年と少女の密室」、黄金期の某作を彷彿とさせる状況から犯人はおおよそアタリがついてしまうものながら、グロテスクな構図とともに明かされる殺人輪舞がおぞけを誘う「死者はなぜ落ちる」、密室ものであるからこその逆説からもうひとつのミステリ的趣向へと早変わりを見せる趣向が見事に決まった「理由ありの密室」、様々な技芸を鏤めて詩情溢れる密室状況をつくりあげたこれまた秀作「佳也子の屋根に雪ふりつむ」の全五編。
まずいの一番にオススメしたいのが「少年と少女の密室」で、正直この一編のためだけでも本作は買う価値アリ、という名作ながら、こちらの感想はすでに『密室晩餐会』の中で述べているので割愛します。で、冒頭を飾る「柳の園」なのですが、銃声が聞こえて密室殺人へと流れていくベタベタな展開など、収録作中、もっともオーソドックスな密室モンながら、探偵である密室蒐集家の推理のプロセスが面白い。
これは収録作すべてに感じられるところなのですが、ある種の偶然も含めた事象の結果として密室となったその過程をハウダニットの一環として説明していくのではなく、密室という明快な謎の脇に除けられていたある事実にまず焦点をあて、それを謎へと生起させていく端緒が素晴らしい。
「柳の園」では、銃声や施錠された部屋の状況などに目がいってしまい、その中から密室のハウダニットを求めた挙げ句、結局袋小路に入ってしまうわけですが、探偵は被害者のある振る舞いを気づきとして、そこから分散されていた密室の構成要素を一つの構図へと巧みに編み上げていきます。また真相が明らかにされたあとに、推理の端緒となった被害者の振る舞いにかかわるブツから宿命的な逸話が語られる結末も心憎い。
「死者はなぜ落ちる」は、正直、ノッケに描かれる状況から、ふと古典の某長編が思い浮かび、「コイツが犯人じゃねーの?」と勘ぐってしまったらドンピシャだったわけですが(爆)、本編で探偵が解き明かしていく真相は、そのヤマカンの真逆をいく精緻なもの。ここでも警察は、密室を構成する部屋の施錠の状態などにとらわれて、一向に真相へとたどり着けません。探偵が紐解いていく真相は、「少年と少女の密室」のあるミステリ的趣向が変奏されていたりといった遊びを見せつつ、犯行が行われるにいたるまでの背景へとフォーカスしていきます。密室状況そのものよりも、この犯罪構図の背景の方が数段、グロテスクで複雑という奇妙な転倒が秀逸です。
「死者はなぜ落ちる」に顕著なのですが、本作に収録された短編では、密室ものでありながら、密室をつくりだすトリックそのものに外連を見せて読者を驚かせようという風格は薄く、むしろ様々なミステリ的趣向で陰影を描きつつ、一枚の壮麗な画に仕上げた、――そんな印象があります。画の一点にしっかりとフォーカスすることで対象物を引き立てていくというよりは、トーンの連なりで全体を見せていくような、そんな物語の個性が感じられるわけですが、そんな中、続く「理由ありの密室」は、あえて密室にこだわることで、ホワイダニットを際立たせた逸品です。
しかし、それでも「さて、肝心の、犯人がどのようにして密室を作ったのかだが……」なんて、密室のハウダニットにとらわれたボンクラ警察が真相に辿りつくことはなく、むしろ密室の、――それも犯人が用意した、あまりにあからさますぎるトリックに引き込まれて、事件の全体の構図を見失ってしまうていたらく。ふらりと登場した探偵がちょっとした密室談義を披露しているところで、冒頭の「柳の園」との微笑ましい繋がりを見せたりといった遊び心も洒落ています。
しかし本作のキモは、探偵の推理の過程で、密室、密室と犯人が密室にこだわりまくる理由が転じて、もう一つのミステリ的趣向へと変わり身を見せるところで、有栖川ミステリっぽい倒叙モンが転じて、最後は黒猫のミーコを肩に乗せたクラニーが怪しく微笑んでいるといったラストシーンにはニヤニヤ笑いがとまりません。
収録された五編のいずれもがまったくのハズレなしという、密室モンだけの短編集としては異様な完成度を誇る本作、本年度の大収穫の一冊として、フツーの密室モンはもーたくさんという偏屈な現代本格マニアも十二分に満足できるのではないでしょうか。オススメです。