祟り火の一族 / 小島 正樹

そのやり過ぎぶりで我が道を行く小島氏の最新作。今回も確かに謎の乱れ打ちと、精緻なロジックなどクソ喰らえとばかりに五月雨方式によって紐解かれていく真相開示の連打で魅せてくれる期待通りの一冊ながら、本作は冒頭に怪談語りという趣向を添えているところが新機軸。

もっとも怪談語りといっても、語られる怪異の内容の不可思議はもちろんのこと、ときにはプロローグに精妙な騙りの技巧を凝らした仕掛けを得意とする作者のこと、ここでも怪談語りという枠そのものへの興味を端緒として、物語が意想外な広がりを見せていくという展開が秀逸です。

人柱にされた娘の幽霊に、すすり泣いて血の涙を流す橋脚。鍾乳洞で生き返る女性と池の底のおびただしい人骨。林の中に現れたのっぺらぼうに、溶けた頭蓋骨の中から飛び出してくる緑色の少女という、――怪談語りの中で語られる六つの怪談は、幽霊譚の定番から不気味な逸話も取り混ぜてそれぞれを手堅くまとめてあるのですが、そこにやり過ぎをブチ込んで、これら六つの怪異すべてを一つの真相へと収斂させてしまう豪腕ぶりがたまりません。

本作はタイトルにもある通りの、火に祟られた一族の物語、――とはいえ、探偵がズカズカと一族の館に乗り込んでいって曲者たちと丁々発止のやりとりを見せるような筋ではなく、この一族の逸話は物語の中盤、ある人物の口から間接的に語られるのみなのですが、やや歪にも思えるこうした構成に独特の騙りの技巧を凝らした仕掛けにも要注目でしょう。

本作では怪談語りという、聞くものと語るものとの関係性に着目した物語の冒頭が、物語の中盤でこの一族語りへと引き継がれていく対比が見事で、怪談語りがまさに怪談的な謎の提示であるとすれば、この一族語りはミステリとしての謎の提示であるとともに隠蔽と読者への気づきを喚起する趣向をも備えています。手堅くまとめられていた冒頭六つの怪談話のうちの一つが、この一族語りの中でさらに詳らかにされ、そこでさらに怪異が増殖していくという小島ミステリらしいやり過ぎぶりを見せつけつつ、気づきとして違和感を残した細部の描写が心憎い。

怪談を聞かされる謎の男の曰くや、奇怪な事件の詳細のほかにも、江戸時代の怪異として、河童や魚人、まだらの物の怪までもが登場し、いったいこれらすべてが一つの絵図に結びつけられるのかと気をもむ読者の心配をよそに、中間をすっ飛ばして次々と明かされていく真相の連打の中には相当な科学的知見を必要とするものが多いため、このあたりは意見が分かれるかもしれません。

個人的には河童に魚人、まだらの物の怪という三つの怪異がすべて同根のものであったという真相がツボで、さらに溶けた頭蓋骨の中から飛び出してくる緑色の少女の緑色の所以もなかなか勉強になりました。腑に落ちるという意味では個人的には十二分に許容範囲なのですが、ロジックを軽くスッ飛ばした強引なひらめきとともに最短距離で真相へとたどり着いてしまうという、御手洗をさらにラディカルにしたような探偵の推理技法はかなり読者を選ぶカモしれません。

小島ミステリといえば、男として相当にゲスい野郎がいるのも定番なら、それが事件という悲劇を引き起こしているという点ではそうした傾向はしっかりと踏襲した仕上がりながら、本作では騙りの縛りゆえに、一族の悲劇を間接的しか語れないという制約があり、登場人物の悲哀がやや薄められているという点はあるものの、事件の真相がほぼ語り尽くされたあと、怪談語りからさらなる悲劇が起こるのを防ごうと探偵が奔走する後半の展開はサスペンスフル。

怪談語りと一族語りという”騙り”の技巧からもたらされる制約ゆえに、今までの作品に比較すると物語の展開にやや歪さを感じる結構ながら、六つの怪談の一つが詳しく語られることで、さらに怪異が増殖していくやり過ぎぶりと、たたみかけるように探偵の口から語られていく真相の連打のやり過ぎぶりのコンボは、まさに小島ミステリでしか味わえない強い個性といえるでしょう。今年リリースされた中では、『綺譚の島』の方が好みですが、小島ミステリとしての完成度という点では、本作も十分に満足できる仕上がりで、ファンであればやはりマストの一冊といえるのではないでしょうか。