『赦されたい』、『躾けられたい』に続く作者の”願望”シリーズというわけではなく(爆)、話は大石小説では定番ともいえる快楽殺人鬼もの。とはいえ、本作の場合、快楽を求めて殺人を繰り返していくというおおよその筋書きが同じとはいえ、まさにタイトルにもある「殺さずに済ませたい」という主人公の切実な思いを枷とすることで、殺人の意味づけに独特の妙味を出しているところが新機軸。
もちろん殺人の端緒となるものが主人公の快楽であることに違いないのですけど、人形作家である作者がものいわぬ人形に操られているという趣向が、従来の快楽殺人鬼ものというよりは、どこか『人を殺す、という仕事』にも似た風合いを感じさせます。『人を殺す』におけるGを、主人公がつくりだす人形たちの集合意識と対照させると、本作が以前の快楽殺人鬼ものとはかなり異なるところを狙ってきた物語であることが判ります。
前半から彼が秘密裏につくっている人形の存在が語られているのですが、その人形はいったい現実世界の誰なのか、という興味で中盤まで大きく引っ張っていくものの、これまた従来の大石ワールドであれば、おそらくその人形は復讐の対象となっていたはずです。実際中盤まではそうした存在であることが繰り返し仄めかされているのですが、その人形とモデルであると思しき人物に焦点が当てられていくにしたがって、人形を制作する行為の真意が明かされていく方向へと転換していく流れに、今までの大石小説を読み慣れてきたファンであれば不思議な感覚を抱かれるに違いありません。
セックスプレイでは口淫をねっとりと描きつつ、舞台を定番の湘南に据えて、癒やしのワンコはもとよりエリートDV旦那、さらにはオバはん萌えのモチーフを主人公の嗜好に添えてあるところなど、舞台装置には見慣れた大石ワールドが隈なく凝らしてあるとはいえ、どこか新しい風が感じられるのは、定番のモチーフをサンプリングのごとくに組み合わせてパターン化された物語を構築しつつも、その実、主人公の内心描写においては大きな変化を見せつつある作者の心意気が物語の背後に垣間見えるからでしょうか。
絶望的なハッピーエンドについては、本作の場合、かなり鬱、というか、――主人公の感情の高ぶりに呼応するように激しく怒張した陰茎が、あるきっかけで急速に萎縮していくような脱力感とけだるさを感じさせる幕引きゆえ、このあたりは評価が分かれるかもしれません。上で似ていると挙げた『人を殺す、という仕事』が、まさに絶望の中に希望を見る思いがしたのとは対照的に、本作のエピローグには、懶惰な日常の平安が繰り返されるものの、主人公が両親を失った事故のごとく悲劇的な幕引きが突然やってくることを予感させる、――そんな哀愁漂う絶望が描かれています。
とはいえ、エピローグの直前、主人公がとあるきっかけからたまりに溜めていた怒りを爆発させるシーンでは、イケメン男のイメージで読み進めていたその顔が突然、川劇の変臉のごとく日野日出志画伯のキャラへと変わり、そのあとで例の『君は死ぬ!』という台詞が飛び出すのではないかとニヤニヤしてしまったのはナイショです(意味不明。でも読めば判ります)。
従来の快楽殺人鬼ものと思って読み進めると、やや違和感を覚える向きもあるのですが、むしろ今回は『人を殺す、という仕事』がお気に入りだった方にとっては主人公の内面に広がる暗黒を堪能できる逸品といえるのではないでしょうか。オススメです。