先日の『愛玩人形』に続いて手に取ったエロ怖シリーズ。今回は岡部えつ女史の短編です。『愛玩人形』もエロ怖というシリーズの名前通りに相当にエロくて怖い一編でしたが、岡部女史の本作も相当にエロい、――というか、岡部女史の作品がエロいのは完全に想定内(爆)。むしろその匂い立つ昭和エロスの素晴らさをめいっぱい堪能しました。
物語は、業界で力を持つ爺の愛人となっているヒロインが、彼の別荘に赴くのだが、かつてその別荘に住んでいた女というのが実は、――という話。
まず冒頭の一文の一文からして、「スリップ一枚で待っていろ、とメールで命じられ、加弥は部屋着を脱ぎ、ブラとショーツもとって、白いシルクのスリップを頭から滑らせるようにかぶった」――ですからその昭和っぷりは相当なもの。これが情念や情欲溢れる女の肉体と心の奥底に蠢く真のエロスを知らない初な童貞がただ妄想にまかせた書いた小説であれば、このシーンはすっ裸か、よくてもショーツ一枚といった格好にして興醒めとなること必至ながら、さすが女のエロスに知悉した岡部女史。出だしから完璧であります。
やがて島に降り立ったヒロインが男の車に乗せられて別荘へと向かうのですが、不穏な島の情景も交えて描かれる日常から幻想へと変じていくシーンが素晴らしい。そして車内で語られていく、かつて別荘に住んでいた女の逸話からたちのぼる得体の知れない不気味さは、昭和エロスを効かせたバリバリの和モノ恐怖小説でありながら、その堅実な展開と見せ方には、どこか『怪奇小説傑作集』などに収録されていてもおかしくない、洋物の古典恐怖小説にも通じる様式美が感じられます。
こうした筋運びの巧みさはもちろんのこと、別荘に住んでいた女の不気味さを男の口から語らせるという怪談の技法を用いて盛り上げていく後半も盤石で、いかようにもイメージできる女の気持ち悪さや、女の魔力に魅入られて発狂した島の男たちの逸話を披露するシーンなど期待通りの展開を見せながら、そこにしっかりとエロっぽい描写を凝らしてみせるのがエロ怖シリーズ。女視点からのエロスですから、男がこうした描写で欲情できるかというとはなはだ疑問ではあるのですが(苦笑)、このあたりは是非とも怪談小説を愛読するメルヘン(メンヘラに非ず)女子に尋ねてみたいところではあります。
怪異はヒロインの心情に寄り添いながらひとときその幽玄の姿を見せるのですが、この真相はあくまで「語り」の中で完結しています。ヒロインの強さが際だつ幕引きは、近作の長編『生き直し』などにも通じる岡部ワールドの女性像でもあり、このあたりにエロ怖という、――ともすればエロとホラーを盛り込んどきゃいいんだろ、みたいな安易な方向に流れてもひとまず小説としては成立してしまいかねない特殊なレーベルの中でも独特の個性を見せている本作、岡部女史のファンであれば、これはマストといえる逸品といえるでしょう。
しかしこのエロ怖レーベルって、知名度はどれほどのモンなんでしょう? 検索をかけてもアンマリ引っかからないし、自分のようなロートルの男は知らない人がかなり多いのではないでしょうか。ちょっともったいない話ではあります。