悪いものが、来ませんように / 芦沢 央

悪いものが、来ませんように / 芦沢 央今だけのあの子』が素晴らしい出来映えだったので、こちらも読んでみました。あちらと違って長編ゆえ、それなりの大仕掛けが用意されているのですが、この系統の作品を読み慣れている本格ミステリの読者であれば、早くも前半でその違和感から仕掛けを見抜いてしまうかもしれません(というか、自分がそうでした)。ただ、本格ミステリにドップリ浸っていないビギナーであれば、かなり驚けるのではないでしょうか。個人的には、こちらの大仕掛けよりも、その仕掛けによって登場人物たちの真の関係が明かされたあとで判明する事件の構図の繊細な作り込みに感心した次第です。

物語は、どうにも周りに溶け込めない子育て中の女と、ダンナに浮気疑惑アリで子供がほしくてタマらない女、――という二人の女を軸に、コロシが発生し、……という話。ざっとネットで感想やらそのテの類いをものをあたってみると、おしなべて『どんなことを書いてもネタバレになってしまう』とあるとことから、本格ミステリ読みであればアレ系の仕掛けを訝しむこと必定という一冊ながら(爆)、上にも述べた通り、個人的にはそちらよりも真の人間関係が明かされたあとで事件の構図が更新され、それが一人の女の悟りと再生を促す幕引きに惹かれました。

とはいえ、一応の件の大仕掛けについて少しだけ述べるとすると、こうした人間関係はおそらく昭和のミステリにおいては成立しえなかったんじゃないかナーという気がします。つまり多分に現代的であり、時代性を反映した仕掛けともいえます。もちろん子育てに不妊といったモチーフに誤導を巧みに効かせて読者を惑わせる技法は見事で、特に子育ての描写に見られるおぞましさが、この仕掛けの明かされた瞬間、登場人物たちの因業へと転じる反転はかなりブラック。これによって一方的に被害者意識を持っていたある人物の鬱屈した心情に光があてられるものの、最後の最期で、単純に見えた殺人行為の背後にある人物の企みがあったことが明かされ、そこで再び語り手の一人が自分自身の過去と今を顧みるという構成が素晴らしい。相当にブラックな事件の構図ではありますが、黒いまま終わるのではなく、この人物に再生の可能性を与えた幕引きはむしろ明るい方向に解釈したいカンジがします。

思えば『今だけのあの子』も、事件はブラックに落ちるかと見せかけて、その実、語り手や主人公たちには再帰や未来の可能性を残していた作者のこと、その作風の本質は思いのほかポシティブなのかもしれません。本作のような作風ですと、とかくその大仕掛けばかりに目がいきがちではありますが、個人的にはそうした大枠の内部に凝らされた事件の構図の細やかな転換と更新にこそ、作者の並々ならぬ業師ぶりを見ることができるような気がします。ちょっと気になる作者なので、これからも追いかけていく予定です。