牛家 / 岩城 裕明

牛家 / 岩城 裕明第二十一回日本ホラー小説大賞佳作となった「牛家」に、書き下ろし作品「瓶人」を加えた一冊、とのこと。この作者の本は初めてなのですが、第二十一回日本ホラー小説大賞を受賞した『死呪の島』が素晴らしい仕上がりだったので、こちらも購入してみた次第です。ちょっとアマゾンで調べてみたら、この作者、本作がデビュー作というわけではなく、以前には第6回流水大賞優秀賞を受賞して講談社BOXからも作品を出していたことを知りました。何故に講談社BOXからデビューしているのに、ホラー小説大賞に応募したのか、――このあたりの邪推は控えますが(爆)、ホラーというよりは悪夢をたゆたう幻想小説として読めばなかなかの仕上がりで堪能しました。

収録作は、ごみ屋敷を清掃することになった請負人の主人公が”牛男”の棲んでいた屋敷を片付けていくうちに悪夢へと堕ちていく「牛家」、ゾンビのパパと暮らしているボーイが悲劇的な事件に巻き込まれる「瓶人」の二編。

ホラー大賞の方は「牛家」なのですが、個人的には「瓶人」 の方が断然お気に入り。「牛家」で作風が近いものはというと、同じホラー大賞でデビューしたあせごのまん氏をまず思い浮かべます。あちらも飄々とした展開の中に幻想と悪夢を織り交ぜて話が展開していきますが、「牛家」はそこからユーモアを減量して代わりにスプラッタ風味を大胆にブチ込んだという一編で、このあたりで好みが分かれるかもしれません。とはいえ、特殊清掃員でクズっぽい登場人物やグロに溢れた描写など、多分に平山夢明を彷彿とさせる雰囲気は平山ワールドを通過してきた強者の読み手であればリラックスして愉しめることと思います。

本作のキモは、やはり牛男の棲んでいた屋敷に”迷い”こんだことで現実と悪夢の境界が曖昧となっていく展開と描写になるわけですが、このあたりは冒頭で牛男の登場シーンと、主人公の男性のスケが奇妙なモノをモグモグしていることの類似性から容易に察しがつくところで、展開がやや先読みできてしまうところがチと惜しい。現実と悪夢の境界が次第に溶けていく描写といえば、個人的には牧野修の『偏執の芳香』がピカ一で、未だ自分の中ではこれを超えるものは小説においてはないなぁ、……という感想なのですが、本作もあの怪作に比較するこれまたチと物足りないというか、――とはいえ、最後の最期で明かされていく「なぜ牛男」であり「牛」の「家」なのかのネタが明かされるところは完全に油断していたので感心至極。ホラーとしてみれば、主人公が最後に悪夢に呑まれてしまうというオチそのものが容易に予見できてしまうし、既視感のあるものなので、怖さはそれほどでもないのですが、こうした小説はむしろそこにいたるまでの描写の妙を堪能するべきでしょう。

「牛家」よりも作者の個性が際だっているのは、続く「瓶人」で、こちらはカテゴライズするとすればゾンビもの。とはいえ、従順なゾンビの父親と暮らしているボーイという趣向からユーモアも交えたアットホームな仕上がりかと思えばさにあらず。なぜボーイがゾンビの父親と暮らしているのか、という曰くとともに、ゾンビがつくられる奇妙な施術が明かされていき、そこに母親ともう一人のゴロツキも交えてボーイを取り巻く歪んだ家族の肖像が描かれていきます。もっともこの幕引きには家族劇のほかにボーイの淡い恋心が精妙に絡んでい、テンヤワンヤを経て彼の淡い恋心が奇妙なかたちで成就される歪んだハッピーエンドが哀しくも美しい。個人的には事件によってある人物をゾンビにするために、主人となるべき人物の名前を紙に記すのですが、ボーイがそこに書き留めた人物の名前がなんとももの哀しい。

枚数も短く、二編ともアッという間に読み終えてしまいますが、「瓶人」が醸し出すおかしさと哀しさは一読の価値アリで、「牛家」の幻想よりも、個人的にはホラーの意匠によって人間の悲喜劇を描いた「瓶人」の作風の方が作者の真骨頂のような気がします。講談社BOXから刊行された二冊のあらすじと比較すると、なかなか抽出の多い作家のようにも見えるので、次はどんなクセ玉を放ってくるのか期待したいと思います。