先日の『コレクターズ・クラブ』の二冊に続いて、こちらも読んでみました。結論から先に言いますと、『コレクターズ・クラブ』よりはフツーのSM小説に近く、二冊を繋げた仕掛けのようなものはありません。ただ、それゆえに、作者のSM感が非常に明快な一編に仕上がっているように感じた次第です。
物語は、朱鷺島という中州にあるペインクリニックには痛みを癒やすのではなく、痛みを求める女たちが訪れ、――という話。二話のそれぞれに若菜と詩穂という二人のヒロインが登場し、調教ならぬ拷問にも等しい”痛み”を受けることになるのですが、読む者にもその痛みが伝わるという点では、1の若菜で使われる拷問用具は針ということにあって、その刺激は相当のもの。若菜編が、このクリニックをはじめて訪れるヒロインの初々しさや、自らの倒錯的な妄想が具現化していくまでの心の機微を細やかに描いた一編であるに比較すると、2の詩穂編では、ヒロインがこのクリニックの常連であり、彼女がクリニックにたどり着くまでの遍歴を冒頭に記して、彼女の理想とする被虐的な官能を細やかに明かしていくという趣向の違いが際だっています。
個人的に惹かれたのはやはり詩穂編で、若菜編でも確かに痛みを与える医師の存在は描かれていたものの、ここではヒロインが倒錯的な官能に目覚めるという、――彼女の内面により深く分け入った物語仕立てになっていたのに対して、詩穂編では、Mである彼女とSである医師との関係により焦点を当てた筋運びになっているところがイイ。実際、ヒロインの視点からその官能について描かれたあと、長いエピローグともいえる最後では視点をかえてSとMの関係性を裏返すように語られているのですが、これが加虐描写のみのSM小説でも、またストレートな恋愛小説とも異なる不思議な余韻を残します。確かにいかにも痛そうな拷問がバンバン描かれているのだけれども、これってもしかしたら、非常にプラトニックな恋愛小説なのカモ、……と考えさせてしまうところなど、やはり佐伯ワールドは官能小説といってもひと味もふた味も違うような気がします。
針に焼きごてなど、正直、SMといっても拷問に近く、コレでコーフンできるという猛者はノーマルな読者の中ではかなり少ないのではないかと推察されるものの、杓子定規に一般的な官能小説の枠組みで愉しむ必要などナシ、とここはわりきって、幻想小説の傑作『アニスタ神殿記』の作者の”ひと味違った”恋愛小説として読むのも読者の自由。『コレクターズ・クラブ』のような仕掛けのおどろきはありませんが、被虐者の嗜虐者の形式的な関係を「愛の障害」とした場合、――というそれこそ倒錯した設定をこころみた場合、それはどのような「恋愛小説」となるのか、なんて妄想をたくましくして本作を手に取ってみると、また本作の違った魅力が垣間見えてくるような気がします。決して万人にはオススメできないのは言うまでもありませんが、自分のように作者の小説にハマったひとであれば、『アニスタ神殿記』ほど大がかりな物語ではないので、カジュアルに愉しのではないでしょうか。