もう二ヶ月近く前の話になってしまうのですが、日台のミステリにも造詣が深く、現在は國立中興大學台灣文學與跨國文化研究所の准教授であり、國立中興大學人文與社會科學研究中心在籍中には「106年度「傑出青年教師獎勵」獲獎名單」にも選ばれた(長い)陳國偉氏が東京大学大学院での研究のため来日していました。このとき一緒にお茶漬けを食べながら、台湾のミステリの状況についてもホンの少しだけ話をうかがうことができたので、備忘録代わりにまとめておくことにします。
まず台湾の本格ミステリ全般の刊行点数や売り上げについて。一般的なミステリではなく、あくまで本格ミステリに限定した話ですが、話を聞いていてもやはり厳しいんだなあという印象を持ちました。ちなみに現在台湾で売れに売れまくっているのは、東野圭吾の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』。馬鹿売れとかそういう状況を突き抜けて2017年9月現在すでに43刷ッ!刊行されたのが2013年の8月ですから、四年もの間売れ続けている大ベストセラーとなっています。まあ、映画化もされて日本でも同じくベストセラーとなっているので、そうした状況は台湾でも同じということでしょうか。氏曰く、映像化は台湾で売れる点でも大きなポイントのようですが、……まあ、それが全てではないのは日本の本格ミステリファンであればすでにご存じの筈。
陳氏の話で興味深かったのは、台湾における本格ミステリのファン層とあるジャンルの読者層とが大きく被っているということで、最初、氏の話を聞いていたときは、「台湾における本格ミステリのファンと”ピエロ”の読者層というのはほとんど同じといってよく、島田荘司の御手洗シリーズもそうした観点から云々……」というから、”ピエロ”ってナンだ? と頭の中が疑問符でイッパイに(爆)。どうやら日本語にすると「Bエロ」、すなわちBL小説ということの様子。まあ、日本でも昔昔から二次創作の層とか色々とそういう話はあったよなァと感慨に浸りながら、栗本薫とか「やおい」といったトピックも織り交ぜつつ、続いて台湾における21世紀本格についての話題となりました。
氏によると、台湾において21世紀本格という「創作技法」によって書かれた本格ミステリは、ミステリではなくSFとして認識されているとのこと。これは氏の生徒からの感想でもあるのですが、例えば第二回島田荘司推理小説賞で惜しくも入選は逃したものの、大幅改稿を経て後、皇冠文化から刊行された大傑作である林斯諺氏の『無名之女』などは、最後に明かされる真相ゆえに、これをSFと理解している、――とのこと。うーん、要するに未来とか、現在はまだ実用に至っていない科学技術など、いわゆる世間一般において「SFの要素」とされているものが物語世界に大きく絡んでいる作品は、おしなべてSFとされてしまう、――ということのようです。
確かに、SFというジャンルを射程に据えて書かれた物語における「世界はそこに書かれている通りのものではない」という要諦は、本格ミステリにおける叙述トリックを支えている技法に通じるものがあると自分は思うし、”それ故に”21世紀本格は叙述トリックと親和性が高い、――と感じているのですが、21世紀本格を「未来的、SF的な」要素を取り入れた”だけ”の作品というのはちょっと違うような。このあたりは話をし出すと、すごーく長くなりそうなので割愛しますが、この台湾における状況は、ひとえに21世紀本格を「創作技法」ではなく、「本格ミステリにおける一サブジャンル」と誤解していることに端を発しているのではないかという気がします。
もっとも昔昔、「詩美性のある謎」が「論理」によって解体されるという「本格ミステリー宣言」において提唱された内容についても、これを「未来に書かれるべき」本格ミステリの「創作技法」のひとつととらえるのではなく、「現存する」本格ミステリ作品をジャンル分けする「定義」とし受け止めってしまった日本人のひとりとしてはアンマリ大きいことはいえないわけですが、ともあれ、もう少し台湾においては21世紀本格を「新たな創作技法」としてこの作品構造の解明と技法の実用化に務めてもらいたいというのが自分の思いであります。
本格ミステリをとりまく台湾での状況を氏から聞くにつけ、ちょっと暗い気持ちになってしまった自分でありますが、出版不況はどこの国でも同じでしょう。売れるものは馬鹿売れして、売れないものは一向に顧みられない。出版社は疲弊していきジャンルからの撤退を余儀なくされる、――こうした悪夢をどうにかして回避する方法はないものか。もっとも最近はようやく台湾でも電子書籍が広まりつつあるし、本格ミステリの刊行に積極的な出版社も台湾にはまだあるので、今後もこうした動向を定点観測していきたいと思います。おしまい。
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