角の生えた帽子 / 宇佐美まこと

傑作。日本推理作家協会賞を受賞した『愚者の毒』によって一気にメジャーシーンへと躍り出た作者の新作。受賞後の作品となる本作は、『るんびにの子供』に勝るとも劣らない、怪談とミステリの技巧を尽くした逸品揃いで、堪能しました。

収録作は、コロシの悪夢に魘される男が自身の出自の謎を知ることで邪な変貌を遂げる「悪魔の帽子」、時間軸を引き延ばして学生時代の記憶に立ち現れる怪異を飄々と描き出したまさに優しい怪談の一編「城山界奇譚」、絵本の落書きを通じてのある隠微な計画「夏休みのケイカク」、あやかしの花にまつわる逸話を数珠繋ぎの怪談語りに昇華して見せた「花うつけ」、異界の民に関わったある男の逸話を重層的な語りによって描き出した奇譚「みどりの吐息」。

犬嫌いな女の過去と現在に隠された邪な事件「犬嫌い」、死者にまつわるDVDが奇跡をもたらす癒やし譚かと思いきや、思わぬブラックな結末に戦慄する「あなたの望み通りのものを」、子供と暮らす女の前に現れた中年オバはんの正体と隠された過去の繋がりは「左利きの鬼」、凄惨な事故をきっかけに知り合ったバイカーが語る女神とは「湿原の女神」の全九編。

いずれもマッタク捨て作なしという驚異的な一冊で、冒頭の「悪魔の帽子」が収録作の中では一番おとなしい一編かも知れません。エロティシズムとグロテスクを交えた悪夢の描写から一転して、悪夢と現実世界との繋がりが明かされたあと、主人公の身内に当たるある人物が口にした真実によって、妄想が一気に怪異へと変転する趣向が素晴らしい。そして冒頭に描かれていた、一見すると物語の本筋には関係ないように見えていた主人公の職場のシーンがタイトルの暗喩と重なりを見せる趣向も見事としかいいようがありません。

「城山界奇譚」は、語り手の飄々とした青春物語にさらりと怪異を添えて終わるアッサリ目な一編かと油断していると、中盤に登場した幽霊を誤導として、”本物”の存在を最後まで隠し仰せた技巧がとてもイイ。時間軸を伸縮させての語りによって、その本物の幽霊の存在を明らかにしていく後半の描写もステキで、恐ろしい怪談・怪奇小説がそろい踏みを見せるなか、収録作の中ではその軽さとも相まったポップさが心地よい一編でしょうか。

「夏休みのケイカク」も「城山界奇譚」と同様、語りの時間軸に工夫を凝らして、怪談よりもその真相にSF的な趣向も交えた隠微な計画を描き出した一編です。一見すると、まったく怪異も変異も存在しない物語に見せつつ、その不穏な雰囲気から思わぬSF仕掛けが明かされる展開にチと吃驚。昭和のSF――半村良や筒井康隆に入れ込んだロートル読者であれば、ウンウン、これだよこれなんだよ、と思わず微笑んでしまう作風がタマりません。

「花うつけ」は花にまつわるいくつかの逸話を男から聞いた語り手が、読者に語り聞かせるという、重層的な語りに作者ならではの技巧が冴えた一編です。タイトル通りに花のあやかしに魅せられた人物たちの因業や香山滋大好き人間であれば、ウヒヒ、なんて思わず含み笑いを洩らしてしまいそうな最後のトリックなど、これまた懐かしの怪奇小説趣味を横溢させた逸話をさらさらと描きつつ、最後に語り手自身が、逸話の背後に隠されたある秘密を明かせてみせる趣向で魅せてくれます。

「みどりの吐息」は、思わず諸星大二郎の漫画で読んでみたいなァ、と嬉しくなってしまった一編で、これまた「花うつけ」と同様、重層的な語りに凝らした、語るものとに隠された秘密が明かされて物語が美しき円環を閉じる構成が見事です。

「犬嫌い」はミステリに傾斜した一編で、過去のトラウマにまつわる事件とその真相を明らかにするミステリ的構成の中に、犬の幽霊とも何ともつかない怪異のぞぞっとするシーンも交えた手際が作者らしい。

収録作中、もっともお気に入りの一編は、というと、「湿原の女神」になるでしょうか。まさに癒やし怪談の傑作というべき逸品なのですが、バイカーの奇妙な友情という、おおよそ幽霊が出現するには相応しくない人物の布陣に加えて、幽霊めく存在がヤリマン女という新機軸が面白い。幽霊なのか、それともその人物が語る妄想に過ぎないのか、――怪異の正体を宙づりにしたまま、二人の奇妙な友情エピソードに加えて、主人公の家族の因業をさらりと書き出したあと、最後の最期に主人公が幻視する幽霊の存在が美しい。そして主人公の再起を促す印象的なラスト・シーン、――まさに日本の怪談史に残る名作、といえるのではないでしょうか。

『愚者の毒』のような長編ミステリも勿論素晴らしいのだけれど、『るんびにの子供』のような、作者ならではの怪談の短編集を所望していた昔からのファンにとっては、まさに待ちに待ったともいえる本作は、そうしたファンの期待を裏切るどころか、期待を大きく上回る逸品揃いの作品集。『愚者の毒』で作者の存在を知ることになったミステリファンであれば、怪談の技法を活かした巧みな物語に酔うもよし、怪談ファンであれば、怪異を添えたミステリの風味を堪能するもよし、――と、ミステリ・怪談の双方のファンを満足させ得る一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。

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