『赤い博物館』や『密室蒐集家』ほど凝ってはいないものの、映像化待ったなしッ!というほどに魅力的な娘っ子探偵をはじめとした配役など、一般向けとしてはかなり広く楽しめる一冊という印象を持ちました。
収録作は、ストーカーと化した元夫が最有力容疑者として浮上するも、司法解剖の結果から彼には鉄壁のアリバイがあって……「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」、ポストに投函されていた凶器となる拳銃が容疑者に鉄壁のアリバイがつくりだす「時計屋探偵と凶器のアリバイ」。ボーイが偶然でくわした交通事故の被害者が口にしたコロシの自白に翻弄される「時計屋探偵と死者のアリバイ」、妹のアリバイ不在に納得できない新米刑事のボーイが時計屋探偵にアリバイ探しを依頼する「時計屋探偵と失われたアリバイ」、時計屋探偵の師匠にあたる祖父さんが出題したアリバイ崩しに挑む「時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ」、ボーイが宿泊していたペンションで発生した雪密室めく殺人事件の真相とは「時計屋探偵と山荘のアリバイ」、”脆弱といえば脆弱”とボーイが口にする曖昧な記憶に立脚したアリバイトリックとは「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ 」の全七編。
物語は、新米刑事が「アリバイ崩し承ります」という張り紙がしてある時計屋の娘っ子に自分が抱えている事件の推理を依頼して、――という構成で、収録作はタイトルからも明らかなとおり全編しっかりとしたアリバイもの。個人的にはアリバイトリックそのものよりも、そのアリバイ崩しによって顕現する事件の構図の妙が光る作品に惹かれました。例えば冒頭を飾る「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」などはまさにそれで、コロシの犯人となる人物が狡智を尽くして編み出したトリックが驚きを支えているわけでは決してなく、むしろこの鉄壁のアリバイが崩れた後に明かされる事件当事者の隠された関係が、安吾の某作品を彷彿とさせる仕上がりで感心することしきり。また被害者の奇妙な振る舞いにちょっとした気づきを添えて、そこからアリバイの人工性へと切り込んでいく推理の流れも秀逸です。
収録作の中では「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ 」もかなり惹かれた一編で、ボーイ刑事がいうとおり、”脆弱といえば脆弱”なアリバイが、その脆弱さゆえに崩せないという転倒が面白い。その脆弱さの所以というのが、容疑者の友人の曖昧な記憶に頼っているからなのですが、時を経て曖昧になっていく記憶とは対照的に、唯一客観的に証明できるある事実が逆にアリバイを堅固にしてしまう。はたしてそのアリバイを崩す手立てはあるのか、――というところから、タイトルにもなっているダウンロードに付随するあるデータの真偽から切り込んでいく探偵の推理の過程がイマドキ風。シンプルなアリバイ崩しで、ジ・エンドとするのではなく、この奸計を凝らした犯人の心情を描き出して幕とする優しさも心地よい。
いずれも及第点以上の仕上がりを誇る一冊で、作者の作品を追いかけているファンであればまずは満足できるという逸品ながら、実を言えば探偵娘の「時を戻すことができました」という決め台詞も添えて語られる推理の小気味よさや、「小柄で色が白く、ボブにした髪に、円らな瞳、小さな花とふっくらとした頬をしている、どことなく兎を思わせる雰囲気」の彼女の造詣など、昨今の映像化を射程に据えた作風ゆえ、一般の読者にも広く支持されるのではないかという気がします。作者の作品はどちらかというとマニア向けという敷居の高さがあるように思うのですが、まずは本作を手に取って本格ミステリの醍醐味を満喫し、その後にステップアップをはかっていくというのも十分にアリ、ではないでしょうか。オススメです。
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