閻魔堂沙羅の推理奇譚 業火のワイダニット / 木元 哉多

シリーズ三作目。前二作も推理はイージーながらソツないつくりと人間ドラマの巧みさが光る逸品でありましたが、そうしたこのシリーズならではの良いところはしっかりと継承しつつ、推理のプロセスにさらなる磨きをかけた物語もあったりして、今回もタップリ堪能しました。

収録作は、醜女コロシに添えられたバレバレのフーダニットに、被害者の廻りの登場人物たちの優しさを添えて極上の感動ものへと仕立てた第1話、そして国粋爺に無垢なボーイという二人のコロシに、シリーズ随一の繊細な推理を見せる第2話、犯罪絡みでありながらおしなべて優しい人たちばかりという本シリーズの中では異色ともいえるモンスターが登場する第3話の全三編。

ミステリである以上、推理のイージーさというのは時に良い方にも悪い方にも評価を受けてしまうわけで、自分などは本シリーズにおける丸わかりの事件の真相に関しては肯定的にとらえていたのですけれども、さすがに三作もそればかりではマズいよ、――と担当編集者からお叱りを受けたのか、本作における第2話は被害者を二人にして、――ということは、沙羅の前で推理を行う「探偵」もまた同時に二人とになるわけですが――やや込み入った事件の構図で魅せてくれます。

両親を亡くした無垢なボーイと、その孫を可愛がる国粋爺という被害者二人の廻りに、爺の遺産を虎視眈々と狙っているとおぼしき怪しい人物や、爺が妾に生ませた子供との確執など、昭和ムードたっぷりな人物配置から、コロシの犯行方法と真犯人を特定していくのですが、本編では事件発生前に登場人物たちが行ったささやかな振る舞いや、死体の違和感から事件の真相を突き詰めていく推理がまず秀逸。色々と考えてはみるものの、頭がこんがらがってしまった爺にかわって、推理をスマートにこなして事件の真相へと迫っていくボーイとそれをアシストする爺のやりとりが微笑ましい。本シリーズの特徴として、被害者が同時に「探偵」であるというところから、いずれの「探偵」の推理も迷走した挙げ句、ようやく事件の真相へと辿り着くという見せ方であるわけですが、この迷走を丁寧に描き出す本シリーズのお約束を、「探偵」二人の推理によって巧みにまとめた第2話が、ことロジックという点ではもっとも決まっているような気がします。そして推理の末に明らかにされるそれぞれの人物の思惑と背景から、生き返った被害者たちの行動を暖かい人間ドラマへと昇華させてみせる展開は、いわば作者の真骨頂。

登場人物たちがイイ人ばかりであるところから、おおよそ残虐・嗜虐といった本格ミステリでは定番の酷薄さとはほど遠い作風がこのシリーズの大きな特徴ながら、本作収録の第3話だけはやや趣を異にしています。焼死の挙げ句、沙羅の前で自分殺しの事件の真相を推理していく人物にとって、犯人は明らかではあるものの、その犯人が事件の前に行っていた様々な行動の真意がよく分からない。それらをつなぎ合わせた刹那に立ち現れる“モンスター”の正体とは、――という話なのですが、超弩級のモンスターと主人公を対蹠させた見せ方がとてもイイ。

また本編では、閻魔と神の領域についてその仕組みについてチラッと言及されているところがなかなか興味深い。沙羅曰く、人間をこの世に生み出すのは「神の領域」であり、「紙は、人間を地上に生み出す製造工場」で「閻魔は、死後に魂を回収して浄化するリサイクルセンター」で、神と閻魔は「お互いに干渉しないのがルールーとなってい」るとのこと。この沙羅の言葉から、なんとなーくこのシリーズを続けているうちにいつか「神の領域」のことが描かれるような気がしてしまったのは自分だけでしょうか。

ともあれ、本シリーズを愉しみにしているファンからすれば、期待通り、いや、本格ミステリの謎解きに洗練さを加えた本作はまさに期待以上の一冊でありました。地味ながら、着実にステップアップを見せている作者の新作を持して待つことにいたしましょう。オススメです。

閻魔堂沙羅の推理奇譚 負け犬たちの密室 / 木元 哉多

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