スチームオペラ / 芦辺 拓

スチームオペラ / 芦辺 拓これ、芦辺氏の代表作としてもいいくらいの傑作じゃない? ――というのが個人的感想だったりするわけですが、一方で、こりゃア相当に意見が分かれてむしろ叩かれまくってるんじゃァ……と危惧して何気にアマゾンの感想を覗いてみたら案の定で大苦笑(爆)。とはいえ、近年の現代本格の企みをふんだんに凝らした逸品で、さらには御大の21世紀本格にも近接した一冊でもあるゆえ、このあたりの趣向を無視して叩きまくるのには納得がいきません、――というわけでこのあたりは後述します。

物語はというと、作者のあとがきに曰く『早い話が、宮崎駿監督の「天空の城のラピュタ」の本格ミステリ版ですよ! あれに不可能犯罪とか密室トリックとかを盛った作品であり、本格スピリットとSFマインドの両立を狙ったものだ」とのこと。その言葉の通りに、本作のジャケ帯には「衆人環視下の殺人」と不可能犯罪のひとつが大書きされてはいるものの、そうしたものをただ単に「盛った」作品などでは決してありません。

スチームパンクという言葉で示される本作の物語世界は、名探偵あり、探偵志願の娘っ子あり(さらには男装サービスもアリ)、ボーイミーツガールの逆をいくガールミーツボーイありと、冒険活劇的要素をふんだんに凝らしたものではありますが、こうした作者が夢想するスチームパンク的世界は本格ミステリにおける世界の反転のためにあり、そうした意味では本作は紛れもなく、新本格以降の現代本格の技巧を色濃く感じさせる一冊といえるでしょう。

この物語世界に「盛」られた定番のコロシや不可能犯罪のすべては最後の最後に世界の反転に飲み込まれ、登場人物のみならず黄金期からのミステリの変遷を知る読者であれば「割り切れないモヤモヤ感」を感じてしまうであろうかなりアレなおトイレ臭いトリックをも無化してしまう豪腕は、ある意味島田御大を彷彿とさせます。

実際のところ、本作のファンタジー的世界観と最後の真相に、自分は御大のこの作品を思い浮かべてしまったのですが、あちらが世界の手の内を明かさずに世界の成り立ちそのものを謎としながら、二つの世界の時間軸の「ずれ」を用いた21世紀本格の技巧によって驚きの真相を構築していたのに比較すると、本作『スチームオペラ』は、世界の真相をそのまま謎とするのではなく、スチームパンクという言葉から想起されるイメージをふんだんに織り込んで、世界の反転の仕掛けを支えるあるひとつのことを隠すことに務めています。

御大のあの作品は、物語世界そのものを謎としてそこに展開されている事象を綴りながら読者に失見当識を起こさせるという点では、『アルカトラズ幻想』の先駆ともいえるホワットダニットの技巧が活かされていたわけですが、本作では逆に、本格ミステリとしての不可能犯罪(密室殺人、衆人環視下の殺人)や、冒険活劇として「攫われた令嬢」といった明快な要素を連ねていくことで、この物語の世界そのものに謎はない、――と読者に思い込ませようとしているところが秀逸です。いうまでもなく、この明快さは上にも述べた「あるひとつのこと」を隠すためであり、その意味において、本作では物語世界と冒険活劇に託した定番の展開そのものが、メタ的に織り込まれた芦辺ワールドの仕掛けから目を反らせるための誤導ととらえることも可能でしょう。

作者の饒舌な筆運びによって冒頭からややくどいくらいに説明・描写されるスチームパンク的世界で発生する殺人事件と、その物理トリックは、「こちら側」の読者であれば誰もが首を傾げてしまうものではあるのですが、当然ながらこれで終わる筈もありません。この後でしっかりとリアルに根ざしたトリックが明かされるのだろう、と期待していると、凄まじい豪腕によってこの世界そのものが見事にひっくり返され、一つ一つの事件に付与されたトリックの重みまでもが無化されてしまうという強烈な副作用には、かなり評価が分かれるのではと推察されるものの、新本格以降の現代本格として見ればこれはこれで十分にアリ。

むしろここまでしっかりと物語世界をつくり込んで、執拗なほどのこだわりで「あるひとつのこと」を隠蔽しようとつとめた作者の健気さに拍手喝采、――と言いたいところではありますが、スチームパンク的世界の説明があまりに饒舌であるがゆえ、逆に「これは絶対何か隠してるだろ」と勘ぐってしまったのはナイショです(爆)。(それと『綺想宮殺人事件』でも、探偵・森江のあまりに饒舌さに「これは何かあるだろ」と勘ぐってしまったのもナイショ)。

作者が隠蔽につとめた「あるひとつのこと」によって、個々の事件に付与されたトリックをつくり込んでいくという技法は、たとえばこの作品などにも見られるわけですが、あちらがあるものが存在しないところから敷衍して、もうひとつの存在しないものに着目したトリックを見せていたのに比べると、本作では芦辺小説らしいメタ的趣向をそこに凝らして、物語世界をさらに物語の外から俯瞰しなければ見えてこない仕掛けを重ねているところが素晴らしい。最後の最後の最後にこのメタ遊びが爆発して、あの人までもがかり出されるあたりは根っからの芦辺ミステリファンであればニヤニヤしてしまうこと請け合いながら、芦辺ミステリに批判的視点しか持てない御仁にしてみればさらに苛々が募るという綱渡りの趣向ゆえ、このあたりは取り扱い注意ということで。

芦辺小説の中では『綺想宮殺人事件』よりも断然好みで、この物語世界で続編をひとつ、と期待したいところなのですが、ここまで世界の手の内を開陳してしまったらそれは無理というもので、もうこの登場人物たちに再会できないのがチと哀しいところではあります。あとがきを読む限りでは、ジブリ萌えの読者や口うるさいSF読みの方をターゲットにしたアピールが感じられるものの、個人的には御大の『アルカトラズ幻想』やこの作品にグッときた現代本格読みの方に是非とも手にとってほしいところ、……なのですが、この御大の二作もまた正当な評価を得ていない現状ではそれも難しいかナ、と頭を抱えてしまうのでありました。

まあ、二、三十年もすれば読者も代替わりして、本作もまた傑作として評価されているかもしれませんが、だからこそ今読んでおかないと損だよ、とだめ押しでアピールしておきます。芦辺小説の中でもまたまた評価の分かれる作品ではありますが、『綺想宮殺人事件』は駄目だったけど、……というファンにこそオススメしたいと思います。