犯罪ホロスコープII 三人の女神の問題 / 法月 綸太郎

犯罪ホロスコープII 三人の女神の問題 / 法月 綸太郎これは傑作。『犯罪ホロスコープⅠ六人の女王の問題』は、ジャケ帯に書かれた通りの「端正な本格」でかなり愉しめた記憶があるのですが、本作が前半が直球、後半はかなりヘンテコな品揃えというまとめかたで飽きさせません。収録作は、短編ならではの凝縮された技巧と事件の構図の構築ぶりが光る傑作「宿命の交わる城で」、キモオタ野郎の狂気の犯行が転じて、巧妙な操りのフーダニットを極めた超絶技巧が炸裂するこれまた傑作「三人の女神の問題」、キ印女のコロシに誤導と反転劇の精妙な交錯が素晴らしい「オーキュロエの死」。

インチキオカルト野郎にカブれた男の死の伝言が苦笑を誘う「錯乱のシランクス」、奇妙な誘拐事件が転じてオカルトを超えたエグい真相を明らかにする「ガニュメデスの骸」、探偵以上に”論理的な一貫性”でもって超絶脳内推理を披露する人物に法月探偵がハッタリ憑きもの落としの外連を見せる「引き裂かれた双魚」の全六篇。

個人的には前半に収録されている現代本格の技巧が炸裂した三篇を推したいところなのですが、後半の異様な真相や苦笑を交えたユーモアな展開など、端正な本格という評価軸から見ればおおよそ”らしくない”作品が並ぶ後半もキワモノマニアとしてはかなり好み。その中でも一篇を挙げろと言われれば、やはり冒頭の「宿命の交わる城で」がイチオシでしょうか。趣向としては傑作である某長編とモチーフを同じくしながら、こちらは短編ということで見事に圧縮された中に、複雑な人間関係と事件の構図を手際よく整理してみせた結構が素晴らしい。

この趣向をさらに一歩進めたベクトルとしては平凡ながら(たとえば、一人二役を複雑化させるために一人三役するようなカンジ、とでもいうか)、本作では、あえてそうした方向性の手の内を晒した上で、事件の端緒となりえる人間関係発生の所以と、犯人が敢えて残していった奇妙な物証とを交錯させ、そこから真相を繙いていく推理の見せ方がいい。長編であればもう少しこのあたりを書き込んで、逆に冗長になってしまうところを、犯人の残した物証を繋げてみせることで一瞬の早業のごとくに複数の人間の点と線を明かしてしまう外連はいうことなし。短編ならではのスタイリッシュな見せ方が見事に成功した傑作でしょう。

「三人の女神の問題」は、アイドルマニアであるキモオタの暴走と思わせておいて、その背後で事件を操る人物を仄めかし、実行犯のある行動から巧みな消去法を展開させていくというロジックの見せ方が秀逸な一篇です。前半に犯人の行動を分刻みで整理した図が開陳されるのですが、操りの趣向が明かされるや、この図が指し示す奇妙な行動への気づきと可能性をしらみつぶしに検証していく隙のない推理がスマート。キモオタの純愛と星座のテーマなど、事件の構図と主題の重なりという点では収録作中、もっとも好みでしょうか。

「オーキュロエの死」も、キ印女のストーカーという判りやすい図式からスタートするも、良い人だと思っていた人物が実はコロシの犯人では、――という反転をさらりと見せた後、その線で明快な誤導を示していくものですからかなり後半まですっかり作者のペースに乗せられてしまいました。真犯人が判ってしまえば、なるほど、たしかにそのセンの方がむしろアリだな、と納得なのですが、王道的ともいえる誤導の巧みさに今回ばかりはすっか騙されてしまいました。

さて、ここから問題の後半となるわけですが(爆)、「錯乱のシランクス」はインチキなオカルト野郎にすっかり心酔してしまった音楽評論家の奇妙な死を扱った一編。ひとつの大ネタが定番のダイイング・メッセージとはいえ、黄金時代と異なり、今や死に際の伝言といえば、こじつけのオンパレードで読者の苦笑を誘うものというのはお約束。星座のテーマを無理矢理にねじ込んだ図が示され、実際、ワイガヤでの推理もその筋で進められるのですが、それを残した当人の「奇妙な考え」にアジャパーなダジャレを添えた挙げ句にその「ちぐはぐさ」を再び星座ネタへと回帰させる妄想推理には脱帽するしかありません。

「ガニュメデスの骸」は、「錯乱のシランクス」に登場したインチキオカルト野郎も裸足で逃げ出すようなキワモノの真相がイイ。誘拐されている筈の男の娘に身代金を届けさせるという奇妙な誘拐事件(意味不明。でも読めば判ります)の背後に隠された真相は、――という展開なのですが、ペットのカメ君だの、隠し子だのと迷走した挙げ句に、探偵がある人物がふと口にしたある逸話からおそろしい天啓を得ることに。真相が明かされたあとあらためてタイトルを見るにつけ、そのキワモノぶりとある人物の東京伝説的な行動にゾーッとなること請け合いの逸品でしょう。

「引き裂かれた双魚」は、一番シンプルであっさりとしたお話で、真相開示においては、探偵もタジタジとなるような「論理的な一貫性」をもったある人物の妄想推理が開陳されるのですが、本編の見所は探偵法月が見せる憑きもの落とし。オカルトにカブれたオバはんに対して咄嗟に「スーパーストリング・セオリー」だのといったでまかせをさらりと口にしてみせるシーンの連打には大笑い。

というわけで、前半と後半では大きく風格を異にするものの、端正な本格派もキワモノ派も愉しめる、どっちも好きなマニアであれば一粒で二つの味を愉しめるという何とも贅沢な仕上がりで、現代本格の多彩さを堪能できるという点でも大いにオススメしたい一冊といえるのではないでしょうか。