螺旋の底 / 深木 章子

螺旋の底 / 深木 章子 これはニヤけてしまうくらいに意地悪な小説(爆)。現代本格読みであれば容易に見抜けるであろう仕掛けを疑似餌にして、本丸の謎を隠蔽するための誤導に昇華させた逸品で、堪能しました。

物語は田舎の地主男の家に嫁いできた女と、件の旦那の二つのシーンが並行して描かれていくのですが、妻の方はどうやらこの屋敷の地下室に興味津々、一方旦那の方はこの地下で秘密の愉しみに耽っているらしく、――という話。妻が奸計を凝らしてこの家に嫁いでくるのには相当の理由があり、それが彼女に近しい人物に関わっていることは容易に想像できるのですが、物語の表に出ている秘密はむしろ旦那の怪しい行為の方。

こちらは倒叙式にしっかりとその様子が描かれていくという丁寧さで、この親切さゆえに、現代本格読みであれば、むしろこの描写に隠された仕掛けについては案外アッサリと見抜いてしまうのではないでしょうか。くだくだしく日付が添えられているあたりからも、ハハン、これはアレだな、と思っていたら、同時進行的に二つの犯罪が進んでいき、――という後半はサスペンス溢れる筋立て盛り上がっていきます。

そしてついには妻の側の計画は成功して、地下に隠されていたものが明かされ、旦那の側の描写に凝らされていた仕掛けが期待通りのものであったことにホッとしていると、いきなり傍点つきである事実が読者の前に突きつけられるにいたって、すっかり眼がテンになってしまいました。予想を裏切るこの事実に物語は混迷の度合いを深めていくのかと思いきや、そこから繙かれていくある人物の過去は壮絶。物語の表層にまったくのぼることなく、いや、むしろ物語の中でも完全になきものとされていた人物の慟哭が、真相開示とともに一気に浮上してくる結構は素晴らしいの一言。

そしてもう一人、現在進行形の犯罪に荷担したある人物とヒロインとの別れで幕引きとなるシーンの美しさ、――本作はその構成から妻と夫をメインに据えた物語であるわけですが、個人的には、この隠されていた裏のヒロインとでもいうべき人物と、長い年月の忍従に耐えてきた共犯者に惹かれました。昔っぽいトリックや地の利を巧妙に活かしたトリックなども、もちろん本格ミステリである本作の見所ではあるのですが、やはり本作の魅力は、真相開示によって浮上する本丸の謎の隠蔽方法と、裏ヒロインと共犯者の存在にあるのではないかナ、と感じた次第です。

現代本格に慣れていない読み手であれば、倒叙式に描かれる現在進行形の事件の仕掛けにも十分驚くことはできるでしょうが、作者の企みはもっと高みにあります。新本格黎明期であれば、これだけでも主要な仕掛けとして成立しえたものをあっさりと捨ててまで、強烈な誤導を凝らした本作は、騙されたという悔しさよりは、作者の企みを見抜いたぞとほくそ笑んだ瞬間に突きつけられる刃の切っ先に唖然としてしまう恐るべき一冊。前作の巧妙な仕掛けにニンマリしてしまった読者であれば文句なしにオススメです。