セシューズ・ハイ 議員探偵・漆原翔太郎 / 天祢涼

セシューズ・ハイ 議員探偵・漆原翔太郎 / 天祢涼素晴らしい。アーパーな政治家を主人公に据えたドタバタをユーモアミステリに仕上げた一冊だと思ったら、まったく違いました。連作短編の結構で、一つ一つの事件を紐解いてすくごとにその背後で隠微に進行する「あること」の伏線を凝らした仕掛けも秀逸なら、秘書を語り手に据えて、天才型「探偵」の推理の背景を、彼がまた「探偵」となって読者に説明をくわえていくという重層的な見せ方も秀逸で、堪能しました。

物語はというと、亡くなった大政治家の父の跡継ぎということで、国会議員になったバカ息子が政治絡みの小事件に巻き込まれるという話。収録作は、敵方の大政治家の公園取り壊し騒動に隠された企みと思いを変転する推理で見せる「公園」、田舎モンの勲章授与にまつわるTVドラマ的顛末「勲章」、選挙活動における盗聴騒ぎにフーダニットの趣向を凝らした「選挙」、首相の所信表明演説に関するバカ息子のコメントに噛みついたマスゴミ男の奈落「取材」、そしてそれまでの短編に鏤められた伏線を一つの絵図として、ユーモアミステリからシリアスな社会派へと昇華させた華麗な幕引き「辞職」の全五編。

「公園」はいうなれば顔見せのようなもので、敵方の政治家や疑惑アリの秘書のキャラ立てなど、いかにもTVドラマ的な色が濃く、作者もおそらくは翔太郎を小泉孝太郎クンでドラマ化、――なんてことを考えているはずで、もう一度そう考えてしまうと語り手である秘書とのやりとりを読み進めていくにつれ、考太郎クンの姿が頭に思い浮かんできてしまう、……とこうなったらもう、作者の術中にハマったも同然。

敵方の政治家のあるやりとりに聞き耳をたてて、そこからギャフンな勘違いをしてしまうところからトンチンカンな推理が披露された挙げ句、最後には主人公の翔太郎君がさらりと「真相」を述べてみせる流れなど、いかにもTVの六十分ドラマの脚本を彷彿とさせる結構が微笑ましい。

本作の各短編の見所と言えば、「探偵」を天才型と思索型の二人に配して、主人公が華麗な推理で先入観や思い違いから組み立てられた推理をあっさりと否定しながら真相を披露してみせたあと、その推理の背景や伏線の回収といった細やかな作業を思索型「探偵」役の語り手がしてみせる重層的な推理の見せ方でしょう。『神田紅梅亭寄席物帳』シリーズにも見られた現代本格の一つの様式でありますが、本作の場合は、バカか天才かよく判らないという主人公のキャラ立てと、きまじめな秘書という立場の対蹠がこの推理の型と絶妙に合っており、飽きさせません。

続く「勲章」でも田舎ッペ丸出しの怪しい方言の台詞など、いかにもドラマ映えする設定を活かしつつ、真相の背後には父子の思いを添えた逸話をしっかりと物語の骨格に据えているところが巧みです。「選挙」は前二編とはやや趣を変えて、盗聴器を仕掛けたのは誰かというフーダニットが展開されるのですが、偽の手がかりを思わせる趣向を見せながら、その実最後の展開に絡む重要な伏線が要所に凝らされている仕掛けが素晴らしい。

ここまでは翔太郎の天才型探偵のキャラを前面に押し出しつつ、彼と恩師である彼の父に対する語り手の複雑な思いを通奏低音として描き出しているのですが、そうしたシンプルな作風は、続く「取材」で小さな変化を見せます。

事件の関係者にコトの真相を吐露させるという点では、探偵の操りといった趣向を見せたいた前編とは異なり、ここで明かされる真相には巧妙にして積極的に「事件」を構築していこうとする、「探偵」の「犯人」としての側面が前面に押し出されていきます。もちろんこの変化は、最後の最後に明かされる全体の構図に大きく関わっているわけで、本作をしめくくる「辞職」で、逸話としてさりげなく言及されていた事柄が一気に伏線とし浮上してくる手際は素晴らしいの一言。

「辞職」で扱われる事件はかなり社会派的趣が強く、同時にこの一編によって、今まで「探偵役」だと思っていた翔太郎の立ち位置、――「探偵」と「政治家」というものの大きな違いが明かされます。すべてにおいて真相開示と解決が「正義」とされる本格ミステリの世界とは異なる政治の内幕と現実が説明される「謎解き」の部分は、語り手が「探偵」という事件を俯瞰する立場から一気に事件の構図の中心へと立たされる変転の外連も交えて、スリリングに描かれていきます。

そこで明らかにされる翔太郎のある人物に対する思い、さらにはそれと対峙される語り手の思いとを交錯させ、「犯人」と「政治家」であるる「探偵」との「正義」に対する考えの相違を説明してみせる部分などは、社会派としての色が濃く、ユーモアミステリに擬態していた本作の、本格ミステリの趣向を凝らした社会派としての姿が明らかにされる見せ方も素晴らしい。

作者のどこか昭和っぽいユーモアセンスにもますます磨きがかかり、多分に孝太郎クンを主人公に据えてのドラマ化を意識したキャラ立て、さらには「政治家」という特殊な舞台によって「探偵」の立場に趣向を凝らした構成など、まさに傑作『葬式組曲』で大化けした作者の本領を堪能できる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。