二人の追跡者 / 草野 唯雄

二人の追跡者 / 草野 唯雄先日ブックオフで大人買いした(爆)草野ミステリをボチボチ取り上げていこうと思います。で、今回はとりあえずジャケがイカしていた本作から。グラサン男に美女の横顔、さらには手錠というコンボも見事なら、ジャケ裏のあらすじも「こんな美人を嫁さんにできたなんて、新妻立美とウキウキ気分で新婚旅行に出発したまではよかったが……。いよいよ夜、わたしは新妻の布団にもぐりこんでグッと抱擁、だがなんとこれが人違い。部屋を間違えたのだ」――、”ウキウキ気分”に”グッと抱擁”と昭和丸出しの華やかな言葉遣いから、自分のようなロートルは一気に引き込まれてしまいます。

とはいえ、「いくら新婚旅行先のホテルで、部屋ン中が暗かったといったって、自分のオンナの体を間違えるわけないジャン」なんてツッコミが最近の若者から入れられることは容易に推察されるものの、語り手であるこの主人公と大学教授の娘である妻は見合い結婚ゆえ、初夜までエッチはしていない、――なんて書くと、平成のヤングには想像もできない世界カモしれません。もっとも昭和生まれの自分にとっても、たとえ人違いとはいえ、相手を間違えて半挿入はなかろう、とツッコミを入れそうになってしまったのは内緒です(爆)。

新婚初夜の人違いから始まり、男が殺されるにいたって、何とその容疑者が自分の義父で逮捕されてしまうという強引に過ぎる展開へと流れるものの、語り手や新妻に悲壮感はありません。主人公はどこかアッケラカンとした昭和のフツー男子で、逮捕された義父も義父で、拘留されている間は読書が捗るとこれまた泰然としたキャラ設定であることも明るいムードを醸した本作の作風に一躍買っていることはいうまでもありません。

ちなみに本作の発表媒体は『微笑』、――といっても知らないヤングにちょっとだけ解説しておくと、当時は『女性セブン』などと並んで人気のあったオバサン向けの雑誌だったわけですが、ライバル誌に比較するとよりエグく、またエッチでストレートな内容が多かった記憶があります。そんなわけで、本作もミステリとはいえ、大学教授の娘であるヒロインとのエッチシーンもしっかりと用意されてい、草野小説らしい描写が冴えているところも注目でしょう。ミステリ誌の掲載でないということもあって、逮捕された義父の無実を晴らすために新婚夫婦が奔走するという筋立てでも、やたらと冗漫な聞き込みなどを繰り返すことなく、いい旅夢気分でアリバイ崩しに勤しんだり、『ハラハラ刑事 危機一髪』にもしっかりと登場した石狩鍋などのご当地グルメを点描して、探究心のみならず読者の食欲をもかき立てるサービス精神も素晴らしい。

もっともミステリという点でも、鉄壁のアリバイを崩していくプロセスの推理と調査の組み立てもスムーズで、ついにトリックを見破ったと思ったのもつかの間、色恋沙汰かと思われていた動機が変容し、トリックが裏返るかたちで意外な人物が真犯人として浮上してくる見せ方など、緩急自在な草野サスペンスの骨法も見事に活かした展開も飽きさせません。

ちなみにこの動機、今だと色々とアレじゃないかな、……と思われるのですが、事件が解決したあとの悲壮感も薄く、あんまり役に立たなかった警察連中を招いてのパーティーでメデタシメデタシという大団円の幕引きは『北の廃坑』と同様で、ミステリという小説が、リーマンや主婦の気軽に手に取ることができる軽い読み物であった一時代を思い起こさせます。

確かに毎日毎日、超弩級の歴史的傑作を読めればマニアとしては嬉しいことは違いない、……とはいえ、上司から無理難題を押しつけられ、客には叱責される毎日を送っているリーマンであれば、こうした軽い読み物で疲れた頭をクールダウンするというのも一つのリラックス法といえるわけで、『ハラハラ刑事 危機一髪』のようなダメミス風味を凝らした冗長な展開は薄く、かなり良いテンポで進んでくれる本作、草野ミステリの代表作というほど素晴らしい仕上がりではないものの、昭和という一時代のミステリとはこんなものだったんだヨ、ということを知るには格好のサンプルといえるのではないでしょうか。