暗くて静かでロックな娘 / 平山 夢明

暗くて静かでロックな娘 / 平山 夢明傑作、――なんですが、相当の覚悟がないと読了するのは難しいという一冊カモしれません。平山節には耐性がついている自分ですが、本作は重さと暗さ、無情と詩情の純度は氏の短編集の中では一番高いのではという逸品ゆえ、一篇読み終えるごとにグッタリしてしまって、結局すべてを読み終えるのに一週間近くかかってしまいました。

収録作は、家族のぬくもりを渇望する子供たちの慟哭を行きがかりの男の視点からハードボイルドに描き出した「日本人じゃねえから」、キ印カップルに怪しげな男を絡ませた奇妙な三角関係の行き着く奈落「サブとタミエ」、ダメ兄に振り回される弟たち「兄弟船」、バカな子供のちょっとした悪戯によって煉獄へと堕ちた男を再び襲う悪夢「悪口漫才」。

訳アリまくりの火葬場で繰り広げられる珍奇にして壮絶な人間ドラマ「ドブロク焼場」、罵詈雑言を吐きかけながら猛毒ラーメンづくりに励むキ印夫婦の人情ドラマ「反吐が出るよなお前だけれど……」、死にたい病を患っている娘っ子と地獄行を見届ける男の壮絶「人形の家」、いじめられっ子の霊界通信「チョ松と散歩」、酷薄なDV描写によって読者の不快指数をマックスにする平山版「餓鬼」・「おばけの子」、訳あり父娘と知り合った男の悲哀溢れる恋愛末路「暗くて静かでロックな娘」の全十篇。

とにかく冒頭の「日本人じゃねえから」を典型に、ヒョンなことで地獄や狂気を抱えた人物と知り合った男の視点から奈落が描かれる、――そんな結構をベースに、幕引きに悲哀と詩情を爆発させた短編をズラリと取りそろえた一冊で、収録されている物語は、読了するたびにその激しさからグッタリと疲れてしまうという重量級の短編ばかり。

「日本人じゃねえから」では、地獄を生きる子供たちと家族ごっこをすることになった男が、……という展開から絶対にハッピーエンドにはならないだろ、と思っていると予想通り、眼を背けたくなるようなラストが待っています。これは辛いと思ってくじけそうになるところをグッと堪えて次の「サブとタミエ」に進むと、こちらはまだホッとできる一篇で、ちょっと頭のネジが外れた平山ワールドではお馴染みの娘っ子と、そのアレっぷりに振り回されるピュアな男という構図は期待通り。ここでは、二人の関係に立ちはだかる謎男の存在がうまい。

続く「兄弟船」といいかんじで進んでいくと、「悪口漫才」の煉獄がまた壮絶で、ガキのちょっとした悪戯でム所に入ることになってしまった男が再び同じ「お勤め」を果たさなければならない状況となって、……という展開が最高にイヤっぽい。そこから妄想と狂気の闇鍋状態へと突き進む後半は一転、 ソローキンも真っ青という唐突な反転で読者の度肝を抜いてくれます。

「ドブロク焼場」と「反吐が出るよなお前だけれど……」は、収録作の中では比較的”ほのぼの”とした雰囲気をもった物語で、特に「反吐……」は、平山節溢れるキ印夫婦の罵詈雑言さえクリアできれば、最後はホンワカムードに浸れるという奇跡的な一篇。

平山式ラヴ・ロマンスという点では、「人形の家」が白眉で、この狂気のヒロインの可愛らしさだけでも読む価値アリ。もちろん平山ワールドの住人ですから、どんなに可愛くて美人でも取り扱い注意であることに変わりはなく、最後の奈落はお懐かしや『東京伝説』でも見られたグロネタを開陳しながらも、詩情溢れる幕引きへと昇華させた豪腕がいい。

「チョ松と散歩」は、いじめられっ子という設定ながら、子供ならではの微妙な綱引きが感じられる二人の描き方が秀逸です。霊視が転じて、奈落寸前のところで救われる終わり方も奇妙な味を出しています。

悲惨さという点でぶっちぎりの一篇が「おばけの子」で、人によってはこれ、完全にアウトという人もいるのではないでしょうか。物語はというと、コガシン御大の名品「餓鬼」をイメージしていただければよろしいかと。あれを現代フウにアレンジして、パチンコ大好きなバカップルに置き換え、さらには拷問を十割増しにしたものといえば、おおよその雰囲気は摑んでいただけるかと思います。最後に「救い」があるのですが、このラストはコガシンの「餓鬼」同様、もの悲しい。

「暗くて静かでロックな娘」は、ハードボイルドっぽい雰囲気を下地にしながら、もっとも物語性溢れる展開と構成によって仕上げた逸品です。ヒョンなことから訳アリの人物に知り合って、……という結構は、冒頭の「日本人じゃねえから」と同様ながら、アンハッピーエンドでありながら「日本人じゃねえから」にはない詩情が強く感じられるラストが美しい。「人形の家」と並ぶ、平山式恋愛譚の傑作でしょう。

とにかく罵詈雑言と切迫した狂気が、平山氏の短編集の中ではもっとも強烈で純度も高く、それゆえに一篇を読み終えるのに相当な覚悟が必要とされます。『独白するユニバーサル横メルカトル』のような奇想は薄く、ひたすら狂気と暴力が圧縮された文体によって表現されているという風格ながら、その純度ゆえに奈落と煉獄から立ちのぼる詩情も最高という点では、平山ファンであればまず愉しめる一冊、……といいたいところですが、今回ばかりは自分もイッキ読みを試みたため毒にアタってしまいました。「悪口漫才」まで一気に読んでから鏡で自分の顔を見たら面相が変わっていたくらいですから(爆)、その毒たるや相当なもの。フツーのリーマンであれば、イッキ読みは危険。翌日の仕事にも差し障りが出るやもしれませんので、心して取りかかることをオススメします。