奇譚を売る店 / 芦辺 拓

奇譚を売る店 / 芦辺 拓芦辺ワールド史上、最凶の幻想小説。連作短編という構成ながら、表題作の最後には『もうこうなったら本格ミステリも幻想小説も知ったこっちゃねえッ! 日野日出志バンザーイ!』という雄叫びを発して狂笑する芦辺氏の姿を幻視してしまうこと必至という逸品で、堪能しました。

収録作は、物語に淫した挙げ句ジオラマづくりに勤しむ男が、幻想の向こうに垣間見える彼岸へとダイブする「帝都脳病院入院案内」、物語のヒロインに魅入られた男がその作者の痕跡を追い求める「這い寄る影」、古き良き探偵小説の物語世界に芦辺氏ならではの萌え嗜好も添えて、虚実の交錯する蠱惑的な短編へと昇華させた傑作「こちらX探偵局 / 怪人幽鬼博士の巻」。

タイトルからイメージされる隠されたモチーフを巧みな誤導として本格ミステリらしい逆転の構図を凝らしたこれまた傑作「青髭城殺人陣家 映画化関係綴」、曰く本の続きを求めるあまり、奈落へと落ちていくオレオレの妄執が爆発する「時の劇場・前後編」、そしてこれまでの短編の背景をあぶり出して、”ひばり”すぎる超絶な真相をさらけ出しての幕となる「奇譚を売る店」の全六編。

いずれも虚実の交錯とメタ要素を凝らした作風がギラギラと妖しい光を放つ逸品ながら、どの短編にもコガシンをはじめとした濃厚なひばり臭を感じてしまうところが自分のような変態マニアにはたまらないところ。たとえば冒頭の「帝都脳病院入院案内」は、脳病院という独特の語感から昔の探偵小説を読み慣れたロートルマニアのハートを鷲摑みにしながらも、リアリティの軛を逃れて、虚実を超えた怪奇小説らしい展開で見せてくれます。

収録作はどれも古本屋で曰くありげな本を手に入れてしまった私が体験する奇妙な出来事を描いたものながら、「こちらX探偵局 / 怪人幽鬼博士の巻」を除けば、かなりブラック。「這い寄る影」では、ある物語の作者を追いかけていくうちに、タイトルにもある”影”にとらわれてしまうという定番のオチながら、定番であるからこそ怪奇小説としての輪郭がより明確になっている構成が面白い。

「こちらX探偵局 / 怪人幽鬼博士の巻」は、陰々滅々とした雰囲気とブラックな風格が際だつ本作のなかでは、少年探偵ものの定石をたくみに活かしながら叙情と郷愁を堪能できる一編で、一番の好みでしょうか。芦辺氏が格別のこだわりを見せる萌え要素をしっかりと添えて、あるキャラクターの隠された真相をフックに作中の虚実を反転してみせる技巧は見事としかいいようがありません。「社会派が鼻につくだって? ほんならこちとら萌え萌えで好きなことやらせてもらいますわ!」という作者の八方破れな技法が爆発した傑作でしょう。

本作は芦辺ワールドならではの虚実の交錯というモチーフを物語の骨子に据えた作品ゆえ、本格ミステリ的な技巧はやや後退しているものの、「青髭城殺人陣家 映画化関係綴」は本格ミステリ読みもニヤニヤしてしまうこと請け合いという仕掛けがいい。青髭のほか、もう一つの映画のあらすじも添えて、ある人物に焦点を当てた物語を展開させていくのですが、これが巧みな誤導となって最後に見事な反転を見せてくれます。

「時の劇場・前後編」は、続きを読みたいという、本読みであれば必ず経験したことのある渇望感を中核に据えた展開で見せるのですが、虚であった物語がそれを探し求める実の「私」を取り込んでしまうという見せ方は、ここまでの短編を読んできた読者であれば予想できる結末でしょう。

しかし、最後の「奇譚を売る店」では、幻想譚に見えていた虚の物語を一気に生々しい現実の事件へと変転させ、おぞましき地獄絵図が大展開していきます。「私」の物語が読者である「あなた」」をも取り込み、虚世界の奈落へと引きずり込もうとする試みは、マンマ日野日出志御大のアレ(爆)。さすがに紳士の芦辺氏ゆえ、斧を振り上げて「みんな死ぬ!」はありませんが、あえて芦辺本では定番のあとがきを添えずに幕となる構成に、芦辺氏の本気を見たような気がします。

本格ミステリ作家・芦辺拓のなかでは異色作である『探偵と怪人のいるホテル』以上に奇矯な物語を取りそろえ、読者を虚世界へと引き込もうとする企みに満ちた本作は、芦辺小説史上、最大の問題作といえるかもしれません。個人的には大偏愛したくなる一冊ではありますが、偏屈な本格ミステリマニアが手にとって「本格ミステリじゃねーじゃん。プンスカ!」なんてブー垂れられてもアレなので、あくまで取り扱い注意ということでオススメしておきたいと思います。しかしキワモノマニアであれば、まず文句なしに買い、でしょう。