非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 5号

非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 5号前回読んだのが3号なので次は4号の筈なのですが積読箱から見つけることができないため、とりあえずこちらを先に。収録作は、探偵養成女学校で発生した事件が思わぬ方向へと転がり、メタを重ねたメタ的趣向でシリーズものとしては最高の高みを突き抜けてしまったリレー小説、アジサイ・スレイドによる『美少女探偵 麻里邑麻里子』、不可解な失踪事件とブツの消失が意想外な連結を見せる構図が素晴らしい大傑作、佐倉丸春「探偵ラヂオ」、銀河探偵シリーズの表でありながら、探偵キャラの悪徳から紐解かれるワルの企みが秀逸な麻里邑圭人「『トリック館事件』の顛末」、夢明ミーツ乱歩とでもいうべき饒舌な語りと静謐な狂気を孕んだ終幕の対比が美しい光田寿「マスターアップ」、ゴシック色濃厚な舞台で展開される暗黒の心理劇、根倉野蜜柑「盗まれた館」ほか。

冒頭を飾る 『美少女探偵 麻里邑麻里子』は、まずもって破綻を愉しむべきリレー小説にして”らしからぬ”スムーズな展開に吃驚で、act.Xという区切りはハッキリと記されているものの、事件の提示と登場人物たちの輪郭をしっかりと活かした推理の流れを見せるact.1からact.2へのバトン、さらには中盤act.3における可能性の列挙と推理戦から、傍点も交えた推理の奔流が開陳されるact.4の饒舌への盛り上げ方など、その流れにはリレー小説ではお約束の破綻がマッタクといっていいほど見られないのが奇跡的。

そうしてact.5 では急転直下、『ドグラ・マグラ』っぽい外連を見せながらメタ的趣向が暴走し、いったいどうなるものかと思っていると、最後は泡坂かはたまたクラニーかと頬が緩みっぱなしの「ごくろうさま」としか言い様のない仕掛けが明かされていきます。こうした企みのほかにも、前リレー小説からの継続をしっかりと添えながら、次なる物語の期待と不安(?)を感じさせる幕引きへと収束していく結構のまとまり方が素晴らしい。

前二作のリレー小説と比較して、本作ならではの個性を挙げるとすれば、この破綻なき流麗を極めた展開とそれを実現されたアジサイ・スレイドのチームワークにアリ、ということができるでしょう。個人的には華麗な着想と幕引きを描ききったact.6が一番のお気に入りではありますが、ここは作者のみならず、この仕掛けを忍耐強い事務作業によってリアルへと落とし込んでくれた編集の方にも「ごくろうさま」と労いの言葉をかけるべきだと思うのですが、いかがでしょう。

佐倉丸春「探偵ラヂオ」は、本作の読み切り短編の中では一番のお気に入りで、『非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 3号』に収録されている「潜入者」ではマジモンの狂気を感じさせた作者が、本編では精緻な伏線回収と意想外な連関の妙技を見せてくれます。リスナーの話をDJが聴きながら推理を紐解いていくという外枠が秀逸で、話者の先入観を崩していきながら新たな情報を読者に提示していく手際も非常にスムーズ。話者の中では一つのものとして繋がっていた、ある人物の訳アリな失踪とあるブツの消失が、推理の過程で二つに隔てられ、それがある一つの事件を添えことで異様な推理の展開へと流れていく後半の緊迫感が尋常ではない。

本編においてこの連関の鍵となるある事件を明示することは、そのまま作者の手の内を明かすことにも繋がり、これが凡庸な書き手であれば極力読者の注意をひかせない描き方がされるところでしょう。しかしここでは狂気も異常さもこれすべて普通のこととしてさらりと描けてしまう作者の才気によって、明らかな異様な出来事でありながら読者は普通に読み流してしまい、それでもその異様な内容ゆえ読者の内心にはしっかり印象づけられているという――だからこそ、何か違和感を覚えたその出来事によって冒頭に提示された二つの事件が再び繋げられた刹那に現れる狂気と驚きは最大限の効果をもたらします。天才か、あるいはマジモンの狂気を孕んだ頭脳にしか描き得ない、伏線と構図の妙が際だつ傑作でしょう。

麻里邑圭人「『トリック館事件』の顛末」は、銀河探偵シリーズのなかで「首切りパズル」を”裏”とすれば、おそらく”表”となるべき物語で、事件はいかにもなコード型の様式に則った見せ方ながら、本作では探偵の悪徳が爆発する推理とその仕掛けがいい。「銀河探偵」の物語世界だからこその悪巧みに、鮎川哲也など多くの作家が利用してきたトリックを重ね、それをメルカトルを彷彿とさせる悪の様式美へと昇華させた結末も決まっています。コード型本格の定石に則った事件の舞台装置や、異世界本格ならではの探偵の企みといった趣向にばかりついつい目がいってしまうのですが、実をいうと個人的に一番惹かれたのは、死者の「一途な思い」が結果として惨劇を引き起こしてしまうという背景でした。このあたりに「サクラサクミライ」など、氏の作風が色濃く出ているように感じた次第です。

光田寿「マスターアップ」は、冒頭の事件の提示から一転して、真相を炙り出すために必要な背景が饒舌な語りによって描かれるというかなり荒々しい風格ながら、探偵の饒舌な推理から真相が明かされたあとの、乱歩ラブな叙情溢れるシーンがいい。乱歩の名作が孕む美しき狂気を現代に昇華させた一編、――という印象が強いのですが、中盤の饒舌とそこから見えてくるおぞましい情景が静謐を孕んでいるという作風は平山夢明をも彷彿とさせます。

根倉野蜜柑「盗まれた館」は、ゴシック風の舞台に二人の心理戦と愛憎劇を重ね合わせた一編で、正直後味は悪い(爆)。ゴシック風味でありながら、探偵役の人物に持ちかけられた物品の消失事件なる謎の転倒が面白い。依頼主の内心ではすでにそれが怪異でないことは了解されており、すべては人間の所行であることが冒頭から宣言されていながらも、黒猫や沼といったモチーフが作品全体に暗い影を落としているところなど、何となく昔のクラニーを思わせる雰囲気が好き者には堪らないところ。

いままでのシックな黒で統一されていた表紙からがらりと趣を変えて、レタス色の賑やかな背景にかわいらしいキャラを描いたものへと代わってい、収録作も全体的に軽いミステリ”タッチ”の作品になったかと思いきや、さにあらず。リレー小説を書いた筆者たちの結束に象徴されるように、一冊としての統一感はピカ一ではないでしょうか。4号は未読ではありますが、個人的には本号が今のところ一番のお気に入り。エアミス研同人誌を追いかけていた読者はもちろん、現代本格リレー小説の好例ともなりえる『美少女探偵 麻里邑麻里子』だけでも本作をゲットする価値は十分にあるのではないでしょうか。オススメです。