双孔堂の殺人 ~Double Torus~ / 周木 律

双孔堂の殺人 ~Double Torus~  / 周木 律眼球堂の殺人 ~The Book~』で第47回メフィスト賞を受賞し、衝撃のデビューを飾った作者のシリーズ第二作。前作は見取り図を目にした瞬間、まだ事件もマトモに起こっていないのに、この館でどんな事件が起こってそのトリックがどんなものなのかを予見できてしまったという代物でありましたが、果たして本作はというと、……結論からいってしまえば、十一ページに掲載されているスケッチを見たときは大丈夫だったんですが、またもや六十九ページの見取り図を見た瞬間に二つの仕掛けが思い浮かびまして、さすがにこれはないだろうなァ、――と読み進めていくと、館の構造に仕掛けられたトリックはそのひとつだったという(苦笑)。

あらすじはというと、とある湖畔に建てられた鍵型の館『双孔堂』で同時に二つの密室殺人事件が発生し、……という話。今回は件のキザっぽい天才探偵が「犯人は自分」と嘯いている奇妙な出だしが添えられているところが斬新で、狂言回しとなるのはワトソン役というよりは、妹にとあるお願いをされて天才探偵を訪ねてくることになった警視庁キャリアのお兄さん。

数学にはマッタク明るくない警視庁キャリアを相手にダーッと数学的知見を喋り散らす天才探偵の会話シーンは容易に想像できるものの、今回は早々に事件が発生しながらこの数学語りのシーンが予想外に多く、やや展開が冗長なのが気がかりなところ。「エヘンっ! 僕、数学ミステリ界の小栗虫太郎を目指してますッ!」という作者の心意気やよしと、自分のようなボンクラのロートルはむしろ微笑ましい視線で読み飛ば、……もとい、読み進めることができるものの、こうした知見に関しては物語の展開を淀ませるジャーゴンと忌避して指弾する偏屈マニアもいるのではないでしょうか。

ただ、前作と同様、専門知識の披露が冗長とはいえ、会話のテンポや地の文はこなれているため、読み飛ば、……もとい、読み進めながら事件の展開を追いかけていくのは容易です。

トリックに関しては上にも述べた通りなんですけど、本作で一番惹かれたのはタイトルに象徴される「双」というモチーフの重ね方で、見取り図閲覧即トリック看破というイージーな館の構造はもとより、犯人の犯した過ちにも二重性を凝らした構図が秀逸です。とはいえ、探偵が事件を推理していくなかで明かされるこの過ちから二時間サスペンス風の愁嘆場が演じられる流れはやりすぎではないかなと感じられたものの、これはこれで嫌いではありません。

それと本作では、もう一人の「探偵」がエピローグに登場して、シリーズものならではのある事実を明かしてくれるのですが、これはまったく予想していなかったのでチと吃驚。驚愕のトリックを至上とするコード型本格の様式にありながら、探偵の宿敵を登場させてシリーズものらしい盛り上げ方を見せるあたりに、作者の「矢吹駆シリーズ最高ですッ!」という作者の嗜好をビンビンに感じてニヤニヤしてしまうものの、キャラ設定などからこの宿敵はニコライ・イリイチというよりは魔王ラビリンスを彷彿とさせます。

『見取り図を見て、これから始まる物語を予見・予想する』という、本格ミステリとしては新しい愉しみ方を提供してくれる本シリーズ、何だかんだいって天才探偵と宿敵との対決も気がかりで、来年の初めに刊行予定という『五覚堂の殺人』にも期待してしまうのでありました。前作の瑕疵が気にならなかった方であれば、本作も十二分に愉しめると思います。