人外境ロマンス / 北山 猛邦

人外境ロマンス / 北山 猛邦人間と、タイトルにもある人外との恋物語にミステリのモチーフを凝らした短編集。タイトルにもロマンスが前面に押し出され、ミステリの方はあくまで物語の引き立て役に達しているという調律が心地よく、堪能しました。

収録作は、狙撃手を思わせる怪しい男に惚れてしまった娘っ子の勘違いをミステリの誤導に昇華させた「かわいい狙撃手」、隠された密室トリックに人外の技法を重ねて哀切ある恋物語とした「つめたい転校生」、夢に溺れていく娘っ子の窮地に北山ワールドの住人らしい双子君が活躍を見せる「うるさい双子」、自分を守護してくれる人外の正体に強度の誤導を凝らして現代の民話を完成させた傑作「いとしいくねくね」、薔薇との会話から事件の真相を推理するという趣向にあの三上晃氏も大絶賛間違いなし(?)の「はかない薔薇」、二つの人外を配した誤導に構図の反転が際だつ「ちいさいピアニスト」の全六編。

「うるさい双子」を除けば、ミスディレクションを利用した構図の反転や、人外が認められた世界観を元に密室トリックの趣向で見せてくれたりと、いずれもミステリの技法を活かした好編揃いなのですが、強度の誤導を凝らして終幕で哀しい別れを際だたせた「いとしいくねくね」が収録作の中では一番のお気に入りでしょうか。

子供の頃から自分を守護してくれていた存在に気がつき、主人公の男はその存在と対話をするため過去へと旅だっていくのだが、――という話なのですが、子供時代のできごとを詳しく語っていくことで、逸話のなかに隠された矛盾を隠蔽してしまう手法が絶妙な効果をあげており、人外の存在との別れを告げたあとで、真の哀切ある別れが待っているという結構がいい。恩返しをテーマにした民話にも通じる構成に、ミステリの誤導を存分に活かした技法が見事に決まった一編です。

同様に誤導とある意味アレ系にも通じる仕掛けで魅せてくれるのが「小さいピアニスト」で、こちらは、禁忌の森の館に棲む不思議青年の正体を探る、――という展開を、娘っ子の視点から描き出した構成がいい。青年の奇妙な振る舞いから、この正体はアレだろうという先入観が終幕で一気に反転し、隠されていた人外の存在が明かされる趣向が、二段構えの別れによって悲哀を際だたせた「いとしいくねくね」とは対照的な、余韻のある優しい幕引きを引き立てています。

「かわいい狙撃手」は、冒頭に収録された一編であるがゆえ、人外と人間の交わりという点では甘さが目立つものの、ミステリの誤導を娘っ子の勘違いと重ねた描き方が可愛い。

収録作はいずれも人外と人間とのロマンスを描いたものであるがゆえ、その愛は決して成就しないものであることを宿命づけられています。したがって終幕の別れをいかに見せ、そこに到るまでにどのような逸話を盛り込んでいくかが、見せ所であるわけですが、そんななか「つめたい転校生」は別れのなかにも希望が見えるという異色作。ミステリの趣向としては密室を扱った一編で、トリックが明かされた瞬間、その犯人がいかなる人外であるのかが明かされるという定番の見せ方ながら、真相の喝破によってもたれさらた別離を宿命的なものとせず、新たな希望へと繋げた終わり方が心地よい。

「はかない薔薇」は、「つめたい転校生」と並んで、あからさまな事件を扱ったミステリ。こちらは人外といえど、人間と対話のできる薔薇というところがミソで、探偵役の男がこの薔薇との対話をもとに精妙な推理によって事件の真相を暴いていくのですが、その”代償”が切ない。純粋にミステリとしても、事件の”目撃者”と思っていた薔薇の証言の違和を端緒として事件を紐解いていく推理の展開が秀逸な一編です。

ミステリの技法によって、人間と人外との出会いと別れを北山ワールドならではの甘いロマンスへと仕上げた一冊は、ミステリをメインとするより、人外との距離感によってもたらされる哀切ある叙情味を描き出した風格から、幻想小説や怪談に近づけて読んだ方が愉しめるかもしれません。オススメです。