星籠の海 / 島田 荘司

星籠の海 / 島田 荘司御手洗シリーズ史上、もっとも(女性陣が)ヤヴァすぎる一編。ジャケ帯には『日本史を覆す超技術。水軍の奇跡、ここに再臨』とハナからクライマックスのネタをアッサリと割っているところから、タイトルにもある「星籠」を謎の本丸と位置づけているわけではなく、別の趣向で物語を盛り上げていこうと企図していることは明らかでしょう。

したがって、「星籠」の正体についてはとりあえず措くとして、複数の登場人物を交えて描き出される複雑なお話をざっくりまとめると、あらすじは、――女優志願のポシティブ女に誘われるまま上京することになってしまった優男の茂。彼がカノジョと信じていた女は、しかし女優への階段を上がっていくにつれ、つれなくなる。フェイド・アウトしたかに見えたカノジョとの仲だったが、不幸な事故によって女優の夢を絶たれた女を見舞ったことで、二人の運命の歯車は再び動き始める。それも悪い方向に――。

男は、花の都パリで露出狂と化した女とともに故郷の鞆の浦に里帰りを果たすも、脱落女優はヒステリーを発動して火達磨となる。火達磨女から「呪い殺してやるーっ!」と恐ろしい言葉を受けて以後、女恐怖症となってしまった茂だったが、この事件をきっかけに、「日本の老人問題はアタシが解決するッ!」と壮大な夢を胸に秘めた娘っ子と運命的な出会いを果たすことになる。年若い娘といいカンジになって再び人生の幸福を見出したかに見えた優男だったが、ある土砂降りの夜にこの娘っ子から突然の呼び出しを受けると、娘っ子は着衣のまま「いいのよ茂、中に入れて。今大丈夫だからね、中に出してね」と突然の中出しのおねだり。どうにか射精をキメた茂だったが、女は「もぅマヂ無理。 リスかしょ。。。」と優男の眼の前でリスカならぬハラキリを始めたからもう訳が分からない。果たして優柔不断、自己決定能力ゼロの優男の運命は?――

……って、御手洗シリーズにもかかわらず、完全に御手洗抜きであらすじをダーッと書いてしまいましたが(爆)、冒頭、鼻の下を伸ばしまくって年若い娘っ子とのデートに興じている石岡君のシーンから一転、漂流屍体の謎を追いかけて西へと舞台を移しながら、ヘリや高速艇を駆使して縦横無尽に飛び回る御手洗を活写していく物語は、本作のヒロイン(?)滝沢加奈子助教授ならずとも「性急にしないで!」と叫んでしまいたくなるほどのスリリングな展開で魅せてくれます。

上に述べた優男のほか、御手洗が助教授とともに漂流屍体と「星籠」の謎を追いかけていくシーンの要所要所に、ある人物と少年の交流が描かれていくのですが、謎解きとともにこれらの登場人物が意想外な繋がりを見せていくという豪腕の展開はまさに御大マジック。

美しい風景を持つ鞆の浦がトンデモない集団に乗っ取られてい、この邪悪な存在が事件に大きく絡んでいるのですが、本格ミステリ的視点で見れば、本作のキモは、「犯人の周到な計画に基づいて行われた事件」という定石を極限まで転倒させたその構図に注目でしょうか。優男が巻き込まれた事件にしても、その「犯人」というべき人物が思い描いていた”計画”は、現在進行形の形で変質していき、別の要素が入り込むことでその事件が引き継がれていくというふうに、筋道の立った太い筋がまったく見えないところから、御手洗の超絶推理によって全体の絵図が姿を現してくる後半は、手に汗を握る展開で大いに盛り上がりを見せます。しかし上にも述べた本格ミステリの様式を完全に転倒させた事件の構図に関しては、それを”破綻”とみるか”豪腕”と見るかで本作の評価は大きく分かれるような気がします。

ジャケ帯では「日本史を覆す超技術」「この海には、人を喰う怪物がいる――」とさんざんに水軍の秘密兵器「星籠」への興味を惹くプロモーションが行われていますが、やはり本格ミステリの技巧としては、上に述べた”破綻”ともとられかねない、「犯人」の意志の介在しない、宿命のごときイベントの連打を織り込んで壮大な構図をつくりあげた”豪腕”を堪能すべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

何しろ御手洗が縦横無尽の活躍を見せるという物語ゆえ、正直、本格ミステリの謎の興味以上に、怒濤の展開と感動的なラストで盛り上げる冒險小説的な要素が濃厚な一冊です。個人的には、少年を喪って失意の底にあった人物が御手洗に触発されて出陣を行うシーンと、エピローグでちらりとしか姿を見せない彼の矜恃に強く惹かれました。イッキ読み確実の本作、御大のファンのみならず、ボリュームたっぷりで怒濤の展開を見せるミステリをご所望の方には迷うことなくオススメできるのではないでしょうか。