こちら警視庁美術犯罪捜査班 / 門井 慶喜

こちら警視庁美術犯罪捜査班 / 門井 慶喜 作者の美術モンといえば、『天才たちの値段』『天才までの距離』の美術探偵・神永美有のシリーズを思い浮かべてしまうわけですが、本作はここ最近の門井ワールドを踏襲した軽妙な風格ながら、切れ味は神永美有シリーズにも比肩するというかなりお得な一冊でした。

収録作は、芸術を知らない田舎モンのじいさんに、レンブラント”っぽい”銅版画を売りつける詐欺の陥穽とその犯罪を暴いていく展開で、本シリーズのキャラ紹介を巧みに見せてくれる「こちら警視庁美術犯罪捜査官」、ロダン”っぽい”レプリカをこれまた田舎モンに売りつける女キャラとの論戦を後半に配して芸術の価値とは何ぞやと読者に問いただす「てのひらロダン」、震災にあやかった強欲坊主の偽仏像のトリックを暴く結構に敵方の黒幕を登場させて盛りあがりを見せる「仏像をなめる」、真作贋作における絵描きの倒錯した心理をモチーフに、形勢逆転を目指して美術犯罪捜査官が敵に思わぬ一撃を見せる「自分で自分の贋作を」、ヒロインと黒幕との因縁に決着をつけて暖かな大団円を迎える「なぜ保険会社がゴッホを買うか」の全五編。

全体として見れば、芸術にも美術にも無頓着で知識ゼロの新米刑事が、美人上司とともに、怪しい美術品販売会社が仕掛けた詐欺事件を解決していくという結構で、主人公のボーイはもちろん、美人刑事や、プリケツで主人公のボーイを誘惑する(?)敵方の女性、さらには黒幕男など、漫画チックで魅力的なキャラ配置がまず素晴らしい。これをいかにも現代フウの深みも節操もない文体でやってしまっては完全にギャグっぽくも浅い物語に堕してしまうところを、美しい文体で堪能できるのが門井ワールドの素敵なところ。

主人公のボーイのボンクラぶりとそれに反して素人だからこその気づきも添えた本格ミステリ的なくすぐりも見事で、冒頭を飾る「こちら警視庁美術犯罪捜査官」からしてそのあたりの技巧は大いに堪能できます。田舎モンの老人に売りつけたとあるブツに添えられた欺しもなかなか巧妙なのですが、美人上司がさらりと講釈してみせた美術品の価値を決める要素の意味合いが、真相の開示によっておかしな逆説を見せる幕引きもいい。ジャケ帯にもある「真実が一つでないように、ホンモノとミセモノは、時に裏返る。「美」については、特に」という惹句そのままのカタルシスが味わえる好編でしょう。

続く「てのひらロダン」は、美術品に価値をつけ、それを評価するというプロセスに知悉した敵方との中盤のやりあいがいい。いかにして犯罪行為すれすれの仕業が成立するのか、――美術業界の専門知識を披露してそうした見せ場を用意した本編をいわば予告編として、続く「仏像をなめる」で黒幕と美人刑事との因縁が明かされるという二編の繋がりも秀逸です。

「仏像をなめる」は、生臭坊主が震災にあやかってデッチあげた仏像のトリックを暴き立てるという一編で、純粋に仏像に仕掛けた”物理トリック”だけでもかなりイケてる上に、美人刑事との因縁に絡めてある言葉の錯誤という、――本格ミステリでは定番ともいえるネタを重ねた趣向が決まっています。

「自分で自分の贋作を」は、芸術品の価値観について大変な疑問を呈した問題作家をモチーフに、このいかにも倒錯した作家の価値観を逆手にとって真作贋作の物差しを無化してしまう犯人側の戦略が凄い。「てのひらロダン」では大勝利とはいかなかった刑事組が一矢を報いた「仏像をなめる」に続いて、本編ではいよいよ黒幕を追い詰めるために、犯人の仕掛けを逆手にとったような計略で爽やかな結末を見せてくれます。個人的にはこの一編は、モチーフとなった作者の奇妙な倒錯ぶりや、犯人の一味であるプリケツ美人の女がいきなり訪ねてきたところへ、こそこそと隠れる刑事二人がこの作者のモチーフになりきってしまうようなユーモア溢れる場面の見せ方など、かなりのお気に入り。

しかし本格ミステリの技巧という側面から見れば、やはり鮮やかな反転と登場人物の因縁が精算される「なぜ保険会社がゴッホを買うか」が一番でしょうか。刑事二人の活躍によっていよいよ窮地に追い詰められた敵方の黒幕が大きな賭けに出るのですが、ホンモノがニセモノへと転じるという倒錯を趣向に据えた「自分で自分の贋作を」へ、さらに登場人物二人の曰くを重ねた展開が素晴らしい。物的証拠や状況証拠がことごとくホンモノであることを語っている”贋作”に対して、推理では論破できないと悟った主人公がこれまた大きな賭ける出るという後半は、純粋な本格ミステリとして見た場合には意見が分かれるところながら、本作では、この真相開示の後にコッソリ用意されている真の”真相”がいい。最後はいかにも甘い大団円を迎える本作ながら、冒頭からの漫画チックにして軽妙な話の展開からすれば、この終わり方もアリかな、と納得です。

硬派な神永美有のシリーズとはやや毛色の異なる美術ものながら、その本格ミステリ的精神を神永美有のシリーズにも比肩する技巧で魅せてくれる本作、あれのファンであればまず安心して愉しむことができるのではないでしょうか。オススメです。