伊藤博文邸の怪事件 / 岡田 秀文

伊藤博文邸の怪事件 / 岡田 秀文 ちょっと話題になっていたので手に取ってみたのですが、なるほど、――懐かし”探偵小説”の意匠と、古き良き”推理小説”の混淆を極めた秀作といったかんじで堪能しました。

物語の舞台は明治時代で、伊藤博文邸に書生として住み込むことになった人物の視点から不可解な殺人事件の顛末を描いていく、というもの。この物語は、小説家がヒョンなことから古書店で見つけた手記という体裁をとっているのですが、密室殺人に推理合戦など、いかにもな盛り上げ方も交えて展開されていきます。

この時代背景と、伊藤博文という特殊な人物だからこそ成立しえる事件の構図が秀逸で、殺人事件が発生し、事件の経過を辿るうちにこの奇妙な館に仕組まれた企みが中盤で明かされるのですが、これがいい。手記を記すワトソン役の小生と探偵のコンビという、本格ミステリでは定番の人物配置を行うことで、事件の関係人物が「全体」として漂わせている違和を隠蔽した技法も素晴らしい。

仕掛けとしては、中盤に用意された構図の劇的反転のほか、最後の最後に、現代本格というよりは、懐かしの探偵小説的ともいえるあるトリックがさらりと明かされるのですが、破壊度は中盤に見られた構図の反転の方が好みでしょうか。とはいえ、この中盤に明かされる真相があるからこそ、伊藤博文にまつわる政治的事件と、一連の殺人事件が重なりを見せ、その中から意想外な真犯人が明かされるという後半の大団円が効果を発揮しているともいえるわけで、邸内での殺人事件で容疑者が限定され、そこからアリバイを辿っていくという、定番に過ぎる捜査の展開とは裏腹に、中盤と後半に開示される構図の反転の驚きは探偵小説の仄かな香りを残しつつ、現代本格的な洗練された趣が感じられます。

ジャケ帯には「気品漂う本格推理小説」とありますが、舞台が明治時代ということもあってか、懐かしの探偵小説の香気に満ちた風格と、事件の構図の妙に重きをおいた、――新本格以前の推理小説にも通じる技法のギャップを合わせて愉しめる逸品といえるでしょう。ちょっと地味に過ぎる味わいは、ド派手でドぎつい最近の本格ミステリを読み慣れた読者にはやや物足りなく感じられるかもしれませんが、そうした喧噪から一歩退いて、ちょっと懐かしめの推理小説の所望の方であれば、しみじみ佳いヨ、とオススメできる一冊であります。