『黒百合の雫』がタイトル通りの百合モンだったのに対して、こちらは薔薇。その昔、ある美少年と関係を持ってしまったがために、男色嗜好へと目覚めてしまったノンケの高校教師が、ある事件をきっかけに社会的な破滅を迎える。彼は昔の「初恋」のひとである男に連絡を取り、再会するのだが、――とここまでのあらすじからして、その事件やネコ役の元少年の曰くなど、様々な謎が添えられているところがミソ。こうした疑問は物語が進むにつれて徐々に明らかにされていきます。
まず男色ということで､フツーの男の読者であればどん引きだったりするわけですが､『黒百合』ではそこそこエロっぽいシーンを愉しめた自分でも今回はちょっと辛かったことは素直に告白しておくべきでしょう(爆)。お互いが美少年美青年ということであれば「薔薇」として口淫シーンも、まあ……百歩譲って耽美的な描写として堪能できたかもしれないものの、主人公の一人である元高校教師というのが、子供もいてそこそこデキた奥さんと離婚したあとは揚げ物大好きでメタボ気味という、ぶっちゃけ「さぶ」成分が混入しているところがちょっとアレ(もっとも新宿二丁目のタクヤさんが大陸でも爆発的ブームを迎えている昨今、むしろ赤江瀑的耽美よりも、”こっち”の方が一般受けするのカモしれません)。
とはいえ、そうしたエロシーンは､大石小説の定番ものと割り切ってチャチャッと読み流していけば、逆にネコ役である元少年の心の奥に秘められた苦悩や、彼の悲劇的な半生、さらには「おまえのせいで俺の人生はめちゃくちゃになったんだゾ」と言いがかりもいいところのイチャモンをつけて会いに来たメタボ先生の奈落が鮮やかに浮かびあがってくるという仕組みは､最近の大石小説ではお馴染みの結構でしょう。エロシーンがサンプリングであるからこそ、ビギナーは新鮮な気持ちでそうしたエロを愉しめるし、一方、大石ワールドのマニアであれば、そうしたサンプリング・エロの深奥に隠された人間ドラマを堪能できるという、――一粒で二度美味しい最近の大石小説の風格は本作でもシッカリと堅持されています。
さて、もう一つの大石小説の特色ともいえる「絶望的なハッピーエンド」ですが、今回はむしろ希望が際だった幕引きでした。メタボ男とネコ役男がちょっとした愁嘆場を繰り広げたあとの変転と、絶望に流れるかと予想していた結末がまさに「絶望的」なハッピーエンドを迎える終わり方はビギナーにも非常に判りやすく、大石小説が指し示す「絶望」であり「希望」でもあるという二重写しの幕引きがもたらす余韻は心地よい読後感をもたらすこと請け合いでしょう。
それでもやはり男色より、百合の方がいいナ、……と贅沢を求めてしまう男衆がほとんどでは、と推察されるものの、その一方で、熱心な女性読者が『黒百合』と本作をどう評価するのか､興味のあるところではあります。