デビル・イン・ヘブン / 河合莞爾

デビル・イン・ヘブン / 河合莞爾傑作。処女作『デッドマン』に『ドラゴンフライ』と、本格ミステリの傑作を立て続けにリリースしてマニアを大満足させてくれた作者ですが、今回は変化球。事件を謎として物語を牽引していく本格ミステリの展開とはやや異なる見せ方ながら、それでも全体に仕掛けを凝らした逸品で堪能しました。

物語は近未来の2020年、オリンピックを契機に設立されたカジノ特区に派遣された正義感溢れる刑事が、国家組の巨悪に挑む、――というのが大筋で、まず2020年という、読者のいる現実から未来へと線引きしてみせた距離感が秀逸です。2013年の現在から様々な知見を駆使して予見されるイヤーな未来図がリアル感タップリに描かれる全体像が素晴らしく、正義感溢れる若造が巨悪に挑むという、――下手をすれば漫画チックなB級物語へと転んでしまうところ、を作者は現実味溢れるディテールと筆致でグイグイと読者を引き込んでいきます。

まず殺人事件や奇妙な殺しの様態によって本格ミステリファンを惹きつける手法を本作は採用せず、舞台背景の緻密な作り込みによって読者の関心を強めていく技法はミステリというよりはSFに近いというか――。実際、冒頭で描写されるコロシにしても、自殺か事故かと思しき死体の傍らに奇妙なカードが落ちていたというささやかな謎が添えられているものの、奇怪なバラバラ死体や幻想的な情景は一切なし。

たしかに前半に描かれる過去のシーンで事件に巻き込まれた刑事がその後どうなったのかなど、ミステリらしい謎が添えられているものの、本作では事件よりも、巨悪の正体という、ともすれば摑みどころのない謎に迫りゆく主人公の、ハードボイルドめいた活躍によって物語を牽引していく技法は、本格の冠を持たないごくごく普通のミステリとして愉しめます。

とはいえ、『デッドマン』『ドラゴンフライ』という本格ミステリの傑作によって読者を魅了した作者のことですから、これだけで終わるはずもなく、最後に事件の構図を明かすことによって、巨悪の正体の裏面に隠されていた一個人の壮絶な人生を活写してみせるところなど、仕掛けによって人間を描くという、現代本格に期待される小説技法を会得した作者の外連をタップリ見せつけてくれる後半の展開もいうことなし。

さらに聖書をもとに神と人間、天使との連関を繙いていきながら、過去の事件にまつわる「死神」の宿業と主人公の現在、さらには黒幕の過去を次々と重ねていき、主要登場人物たちによる”三位一体”の構図を描き出す結構も素晴らしい。仕掛けの奇抜さと考え抜かれた精妙な筋運びで本格ミステリ作家としての職人芸を見せつけてくれた『ドラゴンフライ』と方向性は異なるものの、本作もまた作者の本気を堪能できる傑作といえるのではないでしょうか。オススメです。

それとキリスト教的な神や天使のモチーフを駆使した物語や、壮絶な過去を孕んだ登場人物などに、牧野修と平山夢明の香りを感じたのは自分だけでしょうか。ジャケ帯には「警察小説、未来形!」とありますが、壮大な物語の構図が一個人のドラマに還元・収斂されることなく、人間の一存在を超えたものへと拡がりを見せて事件の幕を閉じてみせる手法が懐かし風味の半村良っぽいというか、――要するに未来形というよりは、かなり昭和チックに感じたのはナイショです(爆)。