世界で一つだけの殺し方 / 深水黎一郎

世界で一つだけの殺し方  / 深水黎一郎傑作。それぞれに趣向も愉しみ方も異なる中編ふたつをまとめた、長編一冊以上の満足感を得られる本作、大いに堪能しました。

収録作は、幻想的な謎の乱れ打ちに性急な謎解きのコンボというスピーディーな展開で、本格ミステリの構造に最大級の皮肉を効かせた「不可能アイランドの殺人」、そして怒濤のペダントリーがプロローグで描かれた謎とリアルのコロシとを結びつけ華麗な着地を決める「インペリルと象」の二編。

「不可能アイランドの殺人」は、語り手の女の子がパパに連れられて”不可能アイランド”にたどり着くと、そこでは本格ミステリの幻想的な謎さながらの不可解な情景が大展開され、――という展開を読み進めていくにつけ、頭のなかには「リクシキ……コンジン」と奇妙な呪文が延々とリフレインされてしまうこと必至という一編です。何しろリクシキコンジンですから、本格ミステリのマニアであれば、この不可能アイランドの謎仕掛けはもとより、様々な謎の様態にも何かしらの”科学的”なオチがつけられていることも折り込み済みのはずで、実際、本作の謎解きは不可能アイランドの仕掛けが明かされてからが本番です。

不可能アイランドで発生した様々な事件の描写に隠されていた伏線の数々が明かされ、突然語り手の身に降りかかったコロシの真相が推理されていくのですが、それによって明らかにされる犯人の属性と、プロローグ、そして途中に挿入されたモノローグが連関する結構が何とも切ない。とくにプロローグの最後の言葉と、語り手の決意の重なりにはぐっとするのですが、同時に本編は、深水ミステリにおける新たな名探偵の誕生を告げる一編と位置づけることもできるでしょう。

「インペリアルと象」は、御大フウに動物の不思議エピソードが冒頭に添えられ、そこから現在進行形のコロシが、ピアノの演奏者、それを見る観客、そして犯人とおぼしき人物の三視点から語られていきます。やがて冒頭のエピソードとの繋がりを予感させる”事故”が発生し、そのトリックが怒濤の芸術ペダントリーとともに繙かれていくという結構で、前半の「不可能アイランド」が、続発する不可解な事件の描写に頁数を費やし、そこに精妙な伏線を用意するとともに性急な事件の謎解きとの落差を見せて、ともすれば悲劇的な結末の衝撃度を減衰させていたのに比較すると、本作ではプロローグと、事件を経たあとに添えられたエピローグとの繋がりが美しい余韻をもたらす構成がキモチイイ。

もちろん怒濤のペダントリーがもたらす恍惚感も相当のもので、音楽にマッタク興味のない読者であれば不明ですが、少なくともピアノもクラシックもド素人という自分は愉しめましたのでおそらく没問題ではないかと。プロローグで暗示されている動物の不可解な振る舞いと音楽ということで、おおよその読者は犯人のトリックもイメージできるのではないかと推察するのですが、それを犯人が”間接的”に用いる”凶器”の特徴、さらには曲目のエピソードに連関してみせた作者の手さばきは相当のもの。また謎解きのシーンのなかで、さりげなく「不可能アイランド」との繋がりを見せるシーンは、「不可能アイランドの殺人」の真相と、その場面を知っているだけに胸に迫るものがあります。中編二編という、本作の構成ならではの見せ方でしょう。

長編、短編ともまた違った、――いや、むしろ長編級のコッテリした持ち味の「インペリアルと象」と、御大流の”本格ミステリー”に対するブラックな皮肉ともとれる軽妙さと真相の苦さで複雑な妙味を堪能できる「不可能アイランドの殺人」の二編を愉しめるという点では、長編一冊よりお買い得、といえるカモしれません。作者のファンであれば文句なくオススメでしょう。