メンヘラ系本上まなみと勝手に呼んでいる(爆)作者の最新短編集。本上まなみ系の顔がムチャクチャ好み、――という不純な動機から手に取った『爪と目』が存外に怪談小説めいた趣向で愉しく読めたので、本作も手に取ってみました。収録作の風格は多岐にわたり、一概に純文学、怪談とはいえない、どちらかというと奇妙な味に属する小説群、――といった方がいいかもしれません。
収録作は、学校のある一室に置かれている”あるもの”を介して、語ることと聞くことという対話未満の様態をモチーフに、怪談めいた仕上がりを見せる「おはなしして子ちゃん」、ホームズ的才能を持つ災厄女と語り手を巡る平山夢明兄イ風のポップなお話「ピエタとトランジ」、人形”未満”の”それ”の哀しくもおかしい自己同一性を巡る奇妙な冒險譚「アイデンティティ」、何を撮っても心霊写真にしてしまう娘っ子の顛末を描いた「今日の心霊」。
SF的モチーフを活かして「おはなしして子ちゃん」にも通底する対話未満の様態についての考察を凝らした「美人は気合い」、嘘をつかないと大変なことになる娘っ子の奇妙な物語「エイプリル・フール」、通り魔へと覚醒したクールなキ印男の一人語り「逃げろ!」、オンラインとオフラインでキャラを使い分ける現代女子の惑乱をブラックに描いた「ホームパーティーはこれから」、奇天烈描画法をネタにした駄話がハジける「ハイパーリアリズム点描画派の挑戦」、「ある通読症患者の手記」の全十編。
『爪と目』に収録された短編にも通じる怪談風味が色濃く出ているのが、冒頭の「おはなしして子ちゃん」で、いじめというか、いやがらせを仕掛ける語り手と、いじめられっ子のイヤーな関係を、いじめっ子からの視点で語っていく、――という展開で、これが過去を邂逅するかたちになっている結構からも怪談としての仕込みはもう万全。だた、本編はここからありきたりの怪談に落ち着くわけではなく、個人的には本編、語るもの(物、者)と語られるもの(物、者)が対話という行為によって関係を確立する以前の様態が描かれているように感じました。怪談は格別「語る」ことを意識した形式でもあり、このテーマとのマッチングも最高で、後半に展開される悪夢的な”対話”の情景は幻想ホラーとしてもかなりキてます。
収録作の中では、「おはなしして子ちゃん」をはじめ、こうした対話未満の関係をモチーフにした物語がお気に入りで、「アイデンティティ」も、魚と猿を合体させた人魚に対して、その作り手が一方的に”それ”に対して人魚であることを諭していくシーンが前半に繰り返されるのですが、そうして自己同一性に煩悶する”それ”の苦悩が哀しくもおかしい。時間軸を自在に伸縮させて寓話に仕上げた手法もかなりのもので、やはりこの作者、ただものではありません。
語り手の存在に留意して読み進めていくと、いかにも現代小説らしい作者の仕掛けが堪能できるのが、「エイプリル・フール」と「今日の心霊」で、「今日の心霊」では、撮るものすべてに心霊が写り込んでしまう娘っ子の顛末が語られていくのですが、この語り手の存在が徐々に明らかになっていくところが面白い。一方、語り手の存在を次第に明かしていく技法をむしろホラーの方向に振ってみせたのが、「エイプリル・フール」で、コレ、フツーの読者はどんなふうに読むのかは不明なのですが、個人的には最後に明かされる語り手のヒロインへの想いがかなり不気味。冒頭からヒロイン・エイプリルの奇妙な半生が語られていく寓話かと油断していると、後半にいたってやや唐突に語り手が前に出てくるフックがあるのですが、この寓話が「語り」へと転換する見せ方が不気味さを醸し出す仕掛けになっているところが秀逸です。
「ピエタとトランジ」は、平山夢明が書いたら、もっと過激でハジけた物語になるかな、という一編ながら、二人の娘っ子の関係性や、平穏な日常が突然異化する展開などは、平山ワールドにも通じるフザケぶりで、かなりイイ。前半はホームズ的な気づきを見せる娘っ子の才能がさらりさらりと描かれていくので、ミステリっぽい展開でいくのかなと思っていると、何とも不条理というか奇妙な味へと転んでいく軽さが心地よい一編です。
「ホームパーティーはこれから」は、藤子A先生もニヤニヤ笑いがとまらないであろう一編で、オンラインとオフラインでキャラを使い分けている現代女子が、かわいい奥さんを気取ってホームパーティーに奮起する、という筋立てながら、やってくる客たちのあまりにアンマリな振る舞いがヒドい(爆)。ここにも対話の不在がブラックな味付けで書かれているわけですが、最後の最後にヒロインが吹っ切れるという爽やかなオチが何ともいえない苦笑を誘います。
さらさらと読み進めていける短編ばかりで、丁寧にして軽妙な文体とも相まって読み口は軽いものながら、色々と考えさせられる物語も多く、濃縮度は『爪と目』を遙かに凌駕します。ビギナーであればむしろ『爪と目』はどこか腑に落ちない読後感に悶々としてしまうやもしれず、作者の作品をまず手に取るのであれば本作から、というのもアリかもしれません。オススメでしょう。