アリス殺し / 小林 泰三

アリス殺し / 小林 泰三ようやく先月になって電子書籍版が出たので読むことができました(最近の傾向として、東京創元社の本でも人気のあるものは電子書籍で刊行される確率が高いので、実本を買わずにジックリ待つ作戦に変更した次第)。物語は、あらすじにもある通り、複数の人間が共有する悪夢の中でコロシが発生すると、現実世界でも人死にがあって、――という結構で、現実世界と悪夢の両方の世界でフーダニットが詰められていくという話。

周囲の人間が共有する悪夢の世界と現実世界がなぜリンクしているのか、そして悪夢の世界はいったいどのようなものなのか、というあたりの説明については、一応登場人物の一人が「アーヴァタール現象」と呼んでそれっぽい解説がされているのですが、このあたりの科学的思索はバッサリと省いて、もっぱらコロシのフーダニットの趣向に絞られている点は、SFというよりは本格ミステリと読んでいった方が愉しめるかと思います。

不思議の国のアリスを巧みに模倣した悪夢世界ゆえ、堂々巡りのまどろっこしい会話や不条理が大展開されていくのですが、悪夢世界と現実世界の登場人物を照応させていく推理の過程や、フーダニットにそうした奇天烈な破綻はなく、かなり実直であるというミスマッチ感が本作の面白さでしょうか。

実際、次々と人死にが発生していくなか、会話の端々を手がかりとして悪夢世界の誰が現実世界の誰なのかという謎解きに最後まで誤導を凝らして、登場人物のみならず読者をケムに巻いてしまう技巧は実直至極。むしろ異世界ものとして読み勧めていくと、このあたりの実直に過ぎる見せ方に物足りなさを感じてしまうかもしれません。

悪夢世界と現実世界が最後の最後に壮絶な反転を見せる趣向は、新本格黎明期であれば斬新に思えたものの、今では懐かし風味さえ感じてしまうところがアレながら、本作ではタイトルにもあるアリス殺しの後半に明かされる意想外な展開と、現実世界・悪夢世界の照応のプロセスに仕込んであった誤導が見事な重なりを見せるところが素晴らしい。原本のアリス以上にむしろホラーへと突き抜けてしまったシーンのグロテスクさは、作者の本領発揮というハジケ方で、また悪夢世界における堂々巡りの会話が、犯人の動機とともに、現実における日常世界でも「あるある」と首肯せざるをえないシーンを添えて見せてくれるナンセンスな嗤いもまたタマりません。

このあとに見せてくれる真相開示とその背後に隠されていたミスリードの技法はやはりクラシック。一見すると奇天烈に見える設定と異世界本格めいた作風から、現代本格の不条理と異形の論理が炸裂する怪作に勘違いしてしまうかもしれませんが、実をいえば、本作はかなり保守的な仕上がりゆえ、「端正な本格」を所望する保守的な方の方が愉しめるような気がします。このあたりはやや取り扱い注意、ということで。