グラビア美少女の時代 / 細野晋司

グラビア美少女の時代 / 細野晋司細野晋司がアイドル・女優を撮影したグラビア写真満載の評論集、――なので、写真集のカテゴリで語るのはちょっと違うような気がするのですが、存外に”写真”を”撮る”、”見る”ということについて色々考えさせる論考だったので簡単に取りあげてみたいと思います。

執筆陣は映画監督の山下敦弘、編集者の仲俣暁生、評論家からは濱野智史と鹿島茂、ライターの山内宏泰、ギャラリストの福川芳郎。アートとしてのグラビア、美術史におけるグラビアの位置づけなど、様々な視点からアイドルの写真について語られており、いずれも示唆に富む論考で、またそれぞれの文章の配列が素晴らしい。

冒頭、山下敦弘「地上5センチ浮遊する存在」は、評論といった堅苦しいものではなく、映画監督の視点から、自身の”映画”撮影(写真撮影に非ず)技法を素朴に語っていくという内容。素朴といっても、その素朴さゆえに旦那芸に堕さない核心を突いた言葉がさらりと語られているところに注目で、たとえば、

「僕は演出上、役者たちの無意識の表情や演技を大切にしている。……日常生活の中でも誰もがつい無意識になりがちな状況を与えることで、演技にどこか無意識なものが現れてくる。頭で考えてやろうとした演技とは別の要素が出てくることで、リアルさが生まれる。(26p)」

「結局、そこで考えたのは、監督の仕事とは役者の演技を見ることに尽きる、ということだ(29P)」

無意識という言葉によって示される、撮影者が被写体に対峙するときの心構えなどは、映画のみならず、写真にも通じるものだと思うし、また「役者の演技を見ることに尽きる」というなかの「撮る」よりも「見る」ことが大切であることなどは、自分が敬愛している藤原新也の考え方にも通じるように感じられました。またこのあたり、個人的には写真を撮るということの要諦だと感じているのですが、こうした考え方とは正反対にも感じられる意見もシッカリと揃えてあるところが、この本の興味深いところ。

それはアイドルのグラビアが、一般的な意味での写真とも芸術とも異なる側面を持っているがゆえ多様性でもあり、仲俣暁生の「「激写」から遠く離れて」は、プレイメイトという「グラドル」の原型からグラビアの歴史的意味合いを探っていく趣向で、個人的に興味深いと思ったのは、氏がこの中で細野晋司の”作品”は、篠山紀信の「激写」や野村誠一の「恋写」とも異なる地平を開拓したという指摘しているところでしょうか。

自分はGOROやスコラをリアルタイムで見てきたロートル世代ゆえ、アイドルのグラビアといえば、南野陽子に代表される野村誠一といった印象が強いわけですが、たしかに細野晋司の写真がそれ以前のものとは作風を異にすることは判ります。しかし被写体であるアイドルとの距離感、日常性、そしてかなりの年月をかけて一人のアイドルの成長を追いかけていくという様式・作風といえば、自分の場合、細野晋司よりは、丸谷嘉長が広末涼子を撮影した一連のシリーズの方が印象が強かったりするんですが、このあたりは世代の差でしょうか。

濱野智史の「アイドルと写真、そのメディア論的考察」は、細野が確立した『関係性のリアル』を写真を映し出す様式から、アイドル自身が自撮りによって自らの日常をネットで発信していく現代への変遷とグラビアのあり方の移り変わりを指摘していて、これまた頷くことしきり。

山内宏泰の「もっとも「写真的なる表現」」は、グラビアから写真技法の深奥をさりげなく語っているという点で、山下敦弘「地上5センチ浮遊する存在」の素朴な語りと奇妙な符号を見せてい、たとえば、

そのためには、見る人と被写体のあいだに、よけいなものを差し挟まない方がいい。撮影する側の思い入りや主張、意図は、ここでは邪魔になるだけ。撮る側の態度としては、見る人へ徹底的に奉仕するという姿勢が求められる(p158)。

撮る側が、その存在感を薄くしていくのはなかなか難しい(p158)。

という指摘などはなかなか興味深い。そしてそうした撮影者の意図、意識を取り除いいくことを最上とするグラビアのありかたに対してまた違った考察を行っているのが、福川芳郎の「グラビア写真からアートが生まれるのか」でしょうか。アートになるからには、表現者の個性や主張が求められるということを、アート(何となく”芸術”という言葉とは異なる、商業的な色を帯びたアートという言葉がここにはふさわしいように感じられます)としての写真の歴史を繙きながら、同時に日本の写真がアートになるための提言を行っています。これを上の山内宏泰の「もっとも「写真的なる表現」」を対照させるとまた面白いかと。

そしてシメは、長すぎる前置き(爆)を添えた鹿島茂の「イメージは常に選択的」というあたりが、ちょっとグラビア論を揃えた本作の中ではちよっとモヤモヤしてしまう仕上がりながら、様々な視点からグラビアというものの全体を俯瞰することができる本作、細野晋司の写真もテンコモリで、かなりお得な一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。