三浦半島怪談集 三浦怪談 / 杉背よい

三浦半島怪談集 三浦怪談 / 杉背よい以前、産経新聞の記事で紹介されていたのをきっかけに知った本作、kindleで購入したものの、ずっと忘れておりました(普段はSONYのReaderを使っているので(汗))。値段もボリュームも手頃なわりに収録されている作品は極上の怪談で、堪能しました。

収録作は、海魚の魅力にとらわれた男が幻想のイメージとリアルとを回遊する「占う魚」、嫁に向けたちょっとした一言が悪夢を引き寄せる「泥の中」、異界の女に魅入られた男の悪夢「雨崎」、釣り男が眼にした幽界の存在「しきぼとけ」、失踪猫が引き寄せるあやかしのイメージが素晴らしい「猫石」、あの世のものの魔手を幽霊譚の定型でたくみにまとめた「西瓜畑」、海より来たりしものとの異類婚姻譚「海彦」の全七編。

いずれも三浦半島のある土地にまつわる伝説伝承がモチーフになっているとのことなのですが、舞台は現代になっていたりと作者の巧みな改変が行われている模様。「占う魚」は、占いをするという奇妙な魚にまつわるお話で、主人公の坊主はその魚を絵に描きたいと思い、魚の持ち主の婆のもとを訪ねていくのだが、――という話。魚との邂逅から一気に過去の逸話へと時間軸を圧縮させた結構が素晴らしい効果をあげていて、そこから本筋の占いをホッタラカシにしたまま幕引きへといたる展開もいい。そしてスッカリ忘れていた占いの内容が最後に美しいイメージとともにさらりと語られて幕となるまとめかたなど、定石や論理にとらわれない話の進み方がいかにも昔話フウで秀逸です。

「泥の中」は、語り手が結婚し、大人になった娘が嫁を持つようになる。姑である私は、ちょっとした一言を嫁にかけたばかりに、――という話。何となくこの話、オリジナルは嫁に辛く当たる婆が悪者に描かれた物語を、姑の視点から書き直したもののように感じられるのですが、最後に現出する悪夢の中で「憐れむような、蔑むような」自分自身を見てしまうというラストはホラー風味タップリ。

幽霊船をモチーフにした「しきぼとけ」や「西瓜畑」など、異界のものや幽霊の恐さを引き立てた定番ものよりも、個人的に強く惹かれたのは上に挙げた「占う魚」や「猫石」で、「猫石」は描かれたものを思い浮かべれば、かなり不気味なんですが、失踪猫を探す主人公の内心から恐さを除いた筆致で物語が進むため、不思議とその怪異の存在にも恐怖を感じません。主人公の内心の描き方に工夫を凝らしてあるところは「占う魚」も同様で、「しきぼとけ」や「西瓜畑」など恐さを際だたせた物語にも、また幻視のイメージをそのまま提示するフウにも描き分けができる作者の技巧に注目でしょうか。

「海彦」は収録作中、「占う魚」と並ぶお気に入りで、異類婚姻譚の典型ながら、個人的には男の方が異類であるところが新鮮に感じました。鶴の恩返しや雪女から想起される異類婚姻譚では女の側がアレというのが自分のイメージするところだったわけですが、こちらは逆。そして物語の視点が異類と結婚した側でもなく、神の視点から書かれているところが民話というよりは、どこか神話めいた趣を出しているところもイイ。そして異類が人間へと転じた事象がもう一度発生し、彼がふたたび元の姿にかえっていくシーンの美しさ、そして謎を残した幕引きなど、読後感にも不思議な余韻を残す傑作でしょう。

全体に短く、あっという間に読めてしまうので物足りなく感じられるかというとそんなことはなく、特に最後のシメである「海彦」の壮大な余韻が半端ないため満足感も非常に高いです。これがタッタの100円だというのは何だか申し訳ないというか、――とはいえ、この値段ゆえに多くの人にとってもらえるということであれば、それはそれでアリなのかもしれません。これはもう、文句なしにオススメでしょう。