バイリンガル / 高林 さわ

バイリンガル / 高林 さわ島田荘司選第5回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。実は刊行時に購入していたものの、途中でやめてしまってそのままホッタラカシにしていたものを今日、ようやく読了することができました(苦笑)。

物語は、三十年前、アメリカで発生した誘拐事件の被害者が大人になって主人公のもとを訪ねてくる。かつて複数の人死にが出た事件には隠された真相があって、――という話。誘拐事件の背後に、大学内部のセクハラや人種差別、出世人事などのキナ臭い事情を絡めて殺人事件へと発展する過程がやや平板で、ちょっと読むのが辛く挫折してしまったのですが、語りが現代へと回帰して、事件の生き残りであった女性の言葉を解読していくプロセスは暗号ものにも似た趣向で見せてくれます。

ただこの暗号ものにも通じる謎解きに関しては、事件当時の場面を描きだすところで日本語に「翻訳」された会話になっているため、口うるさいマニアであれば鼻息も荒く「フェアじゃない」と憤慨してしまうところカモしれません。個人的には本作、さまざまな伏線を文中に鏤めて構図の反転を見せるというよりは、サスペンスの手法によって事件の経緯を描き出すことが主軸となっているため、そのあたりはアンマリ気になりませんでした。

むしろ事件を謎として明示せず、サスペンス小説の文法に則った書き出しにすることで、冒頭から大胆に読者の前へと差し出されている本丸の謎を隠蔽してみせた試みは大いに評価されていいところありまして、三十年前の事件が暗号ものめいた推理によって構図の反転を見せたあと、主人公たちにかかわる真相が明かされる見せ方も決まっています。

いうなれば本作は、外観をサスペンス小説に見せることで読者に対しての巧みな心理トリックを凝らした一編ともいえるわけで、三十年前の事件において誘拐・殺人事件の黒幕ともいえた真犯人が推理によって明らかにされた直後だからこそ、隠されていた本丸の謎の真相開示によって、かつての事件の当事者と主人公が悲壮な重なりを見せる後半の展開は何とも苦い。しかし下手をすればバッドエンドにもなりかねないこの結末に対して、登場人物の一人が過去の事件で重要な鍵を握っていたある言葉を口にすることで、悲壮さを一掃した幕引きが心地に良い。

事件の謎を牽引力として読者の興味を惹きつける本格ミステリの典型の結構を敢えて除けてみせることで、読者の心理の陥穽を突いた作品へと昇華させた本作、ガチな本格の結構をやや外した佳作を所望の方であれば愉しめるのではないでしょうか。