第二回島田荘司推理小説賞レポート in 台北 (6)

第二回島田荘司推理小説賞レポート in 台北 (5)」の続きです。今回の受賞作を執筆するときに、どのくらいの時間をかけたのか、そしてどんなテーマを考えたのか、執筆の際の資料の蒐集などについのて質問を三人の入賞者にしたあと、御大へと話がふられました。

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質問の内容は、本格ミステリーの執筆を行う上で何か困ったことや障害(ネック)はあったのかというもので、それに対する御大が応じたのち、本格ミステリーの歴史、受賞作『遺忘・刑警』へと話は進みます。

ネックは……ないですね。だってたくさんのアイディアの中から書けると思って書き始めるわけですから、書き始める前にどんなことが起こるか、何を書かなきゃならないか、それを十分経験を積みましたから、だいたい書き始めれば予定通りに仕上がります。処女作とか最初のころはあったと思います。でもずいぶん昔になりましたのでね、忘れてしまいました。

ところで、彼らの作品やさきほど話してくれたことに関して、こちらから質問する時間はあるんですか?(通訳「ないです(笑)」)。あ、そうですか。あの、でも時間があまりないですよね。今の話みんな面白かったので、少し話したいとも思うんですが。(通訳「何か彼に訊きたいこととか?」)いや、訊きたいことがあるのではなく、それぞれに対してね、話したいことが少しできました。特に冷言さんに、できました。

この三作品を、非常に詳しいあらすじとして、そして設計図も含めて説明した文章を読ませていただき、検討いたしました。三人ともこの素晴らしい発想着想を持っていましたのでね、私がこの島田荘司推理小説賞に対して、華文ミステリ文化に対して期待するところのものは十分に手応えとして感じられました。ミステリーの歴史というのはこの百五十年以上あるわけですが、最初に1841年、ポーが『モルグ街の殺人事件』というのを書いてスタートしました。一方大西洋をはさんで、イギリス人とアメリカ人の才能たちがキャッチボールをするようにして、この文学を発展させてきました。

つまりこういうことなんですね、このジャンルはアングロサクソン世界によって発展してきたということが言えると思います。科学の成果から生まれ落ちた文学形態なんですけれども、アメリカ人のヴァン・ダインという人がこれを知的なゲームであるべきだということを言いまして、あやしげな住人たち、そして前半での平等な材料の提示、そして外来の名探偵、読者との推理の競い合い、そして意外な犯人の指摘といったような条件を持ち出すんですね。つまり彼はこういう本格のミステリーがもっとも面白いのだという自分の好みを言ったわけですが、そしてこれを受け入れてエラリー・クイーンなどは傑作を連発し、黄金時代をたちまち築かれたわけです。しかし別の見方をすれば、それは材料を制限したということでもあります。したがって同じ材料を使って本格ミステリーを構築する以上、後続者たちはヴァン・ダインやエラリー・クイーンを乗り越えにくくなるということになります。

そこにハリウッド映画の対抗がかぶさります。これはいわば知的な推理力といいましょうかね、高度な知性を必要としないめくるめくような冒険譚、そういうものを提供して、娯楽の王者に就きます。したがって黄金時代の翌日から、たちまち衰退の歴史を辿ってしまうわけです。あとを引き継いだのは日本の才能であったと思うし、なかなかよくやった思います。

しかし今日の日本のミステリー・シーンはあまり良い状況にあるとはいえないと思います。今、東野圭吾さんという人の本がとてつもなく売れていますけれど、これによって出版社はちょっと安心してしまっているというようなところがある。それ以外の人たち、もちろん真面目にやっている人たちもいますが、多くは前例によりかかって、パターンによりかかって似たり寄ったりの作品に向かいつつある、とは言えなくもない。これは三十年、四十年前の松本清張さんとその周辺の人たちという構図と非常によく似ているんです。つまりアングロサクソンに続いて日本の本格ミステリーのブーミングも終わりつつあるかも、しれない。すでにムーヴメントは西回りに進みつつあって、アングロサクソンから日本人の時代、それが終わって今、華文ミステリー文化の時代に向かいつつあるのかもしれない、と思います。

その意味で、私はこの賞に大変期待しているんですが、この三作品、それから候補作にもならなかった『再見、雪國』とかね、『無名之女』なんていう優れた発想のものもありました。だからこの応募作がなかなか私の期待によく応えてくれた、とは考えています。今回、『遺忘・刑警』という作品をウィナーとしましたけど、この作品、まあ、非常によくできています。優れた作品だったと思います。

特にこの作品を提出されて、論文を読んで感心したことは、作品に添えられていた二十一世紀本格というものの、条件ですね――三つの条件というものに非常に関心しました。二十一世紀の最新の知見に基づいて、これまでの価値観を覆すべきであるという一文があったように思います。これは正しい指摘です。指摘ですけれども――PTSDやそれから記憶喪失といったようなものは二十一世紀型の最新の知見ではなく、二十世紀からよく知られているものであったと思うんです。ですから私はその三つの条件から知的創作のね、逆算をしてつくっていったのではと思ったんだが、今のお話から判るように、最初に短編の中作があり、これに二十一世紀本格に近寄せる形で、改造していったのだということが判りました。

PTSDというのは戦争による心の傷というものが引き金になったと聞いています。戦争による傷というのは実は第一次世界大戦からシェル・ショック(Shell Shock)という言葉で知られていたわけですね。この二十一世紀型、最新の科学知的という点では不十分な点があったかもしれませんね。もちろん二十一世紀本格というものをもっとも求めているわけではありません。

本格ミステリーの歴史いうのは先ほど申し上げましたが、1841年にポーの『モルグ街』というものからスタートしているわけですが、ポーの1841年の時点での最新科学を元にしてあの物語は作られたわけです。しかしその後の歴史において指紋とか血液型とかそういった微物蒐集――というのは細かな毛とかですね――そういった方法論をそこで凍結させてしまって野球のルールのように、それ以上のものは用いなくて良いというふうにしてしまいました。これで150年間やってきたら、それは物語のつくりかた、そういったものが行き詰まるのは当然だと思います。ですから二十一世紀型の最新の知識をもう導入しても良いことにしようという提案であったわけですね。ですから島田賞においては二十一世紀本格を求めますが、これは有利というふうにはしません。従来型のミステリーもOKです。

しかし二十一世紀本格というふうに銘打つならば、もっと最新の情報が欲しかったな、というふうには思いました。ですから次は二十一世紀本格と銘打つならば、さらに根本から構築して二十一世紀の最新の知見を用いた物語を期待したいと思います。

第二回島田荘司推理小説賞レポート in 台北 (7)」に続く。