鏡の城の美女 / 石崎幸二

鏡の城の美女 / 石崎幸二孤島ものといっていいのか、またまた例によって皆が島に集まったところで人死にがあって、――という定番ものながら、いつもの登場人物にいつも通りの展開であるため気軽に読めるのがこのシリーズの良いところ。そしてこれまた例によって盤石なトリックと謎解きがキチンと添えられているとあって、カジュアルな、しかしチャンとした本格ミステリを読みたい、というときには格好の一冊といえます。

物語は、美容チェーンの3D身体データ盗難事件をきっかけに、不可解な通り魔事件が発生。最初のうちは赤い塗料をブッかけて逃走という手口だったのが、ついに人死にがでてくる事態となる。美容チェーンの一族は島に引きこもり、そこへ例の探偵メンバーたちが参集したところで、今度は七重の扉に閉ざされた部屋での密室殺人が発生し、……という話。

通り魔事件のホワイダニットによって牽引される前半では、要所要所に例の女学生二人と石崎コンビの会話を交えて丁寧な推理が展開されていくのですが、この前半のダベりによってホワイダニットを際だたせることで、後半で描かれる密室殺人の真意を隠蔽してしまう趣向が冴えています。データ盗難から通り魔と一連の事件を連関させる推理によって、通り魔事件の犯人と密室殺人の犯人を繋げていく連想は本格ミステリの流れとしてはまったく違和感がないのですが、本作では密室のトリックが明かされることで、容疑者を限定していくための仕掛けの解明の企図が反転してしまう見せ方が秀逸です。

そこから語られていく真犯人と一連の事件の関連はやや性急に過ぎるものの、密室殺人の犯行現場となった館が放つ違和から科学的な意味づけを凝らして、人死にの構図を解き明かしていく推理には説得力があり、これだけでも満足至極なのですが、個人的には、この頁数で被害者の登場シーンを少なくすることで、逆に真相開示のあとで被害者が残していたある言葉が明かされる見せ方が一番印象に残りました。この言葉が重く、そして空しく響く結末が何とも苦い。

登場人物たちの内心はさらっと語られるだけで、内的独白もなければ謎解きの過程で重い人間ドラマが語られるわけでもないのですが、データ盗難事件に端を発した一連の事件がこの言葉に収斂していくことで、本作の人工的な物語の風格をより際だたせているところが素晴らしい。これもまた、謎解きを主眼とした本格ミステリだからこそ可能な人間ドラマの描き方といえます。

定番の物語展開だからこそさらさらと読み進めることができる安定感、そして定番キャラとお約束の孤島での殺人と、読者が期待する物語でありながら飽きさせない趣向を毎回しっかりと凝らしてあるこのシリーズ、最新作である本作もまた、ファンであれば安心して愉しめむことができる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。