もうかなり前のネタになってしまうんですが、昨年の十二月十八日にお台場の東京カルチャーカルチャーで開催された『『12星座殺人事件』出版記念イベント~ミステリーと占星術の夕べ』のテープ起こしを進めているので、この内容を少しずつ更新していきたいと思います。今回挙げた中でも述べられているのですが、イベントは第一部、第二部に分かれていて、第一部が御大の本格ミステリー講義とミステリー作家や占星術にまつわるお話、そして第二部は小島正樹・青柳碧人両氏も加わってのフリートークでした。では、どうぞ。
司会: それでは早速『12星座殺人事件』の執筆者であります光藤ひかりさんと水谷奏音さんに入場していただきたいと思います。それではよろしくお願いします。
(拍手)
司会: じゃあお二人、ご挨拶をお願います。
光藤: え-、今日はえっと、凄いなんか、雪が降るとか天気予報でいってたので、すごい心配をしていたんですけど、雪は降ってないですよね? 大丈夫そうですよね? よかった。もし雪が降ったら、私と奏音さんとのどっちかが雪女っていうふうなことになっちゃうかなと思ったんですけど、あの……今日は来て頂いて本当にありがとうございます。私、小説の方を担当しました作家の光藤ひかりといいます。よろしくお願いします。
水谷: この作品の中で解説をさせていだきました水谷奏音と申します。どうぞよろしくお願いします。本当にお忙しいなか、このイベントに来て頂いてありがとうございました。今日はですね、『12星座殺人事件』の出版記念イベントということで、ミステリと占星術の夕べと題しまして、ミステリー界の大御所である島田荘司さんと一緒に、ミステリと占星術についてちょっと掘り下げていきたいなと思っております。
光藤: はい、あ、そうだ。あのー、後半の一部と二部に分けていくんですけど、後半の第二部の方では作家の小島正樹さんと青柳碧人さんもゲストに迎えまして、えー……すごい面白いコーナーを用意しておりますので、そちらの方も是非愉しみにしていてください。
水谷: 是非二部も愉しんでいただけたらと思います。えっとですね、今日は運気がアップするように星座のドリンクを準備させていただきました。机の方にちょっと……こういった『本日の特別メニュー』というのがあるかと思うんですけども、それぞれの星座の色をイメージした限定のオリジナルカクテルになります。
で、ちょっと何座かというのが判らないと思うので、説明をさせていただきたいんですけど、――まず星座というのは四つのエレメントに分かれているんですね。はい、で、一番上の”火の星座”のカクテルという、これはですね、牡羊座の方、獅子座の方、射手座の方になります。ですので、この牡羊座と獅子座と射手座の方は是非、”火の星座”のカクテルを飲んで運気を高めていただけたらなと思います。で、次の”水の星座”のカクテルなんですけど、えっと、”水の星座”は蟹座と、蠍座と魚座になります。はい、次の”地の星座”のカクテルなんですが、これが牡牛座と乙女座と山羊座になります。
光藤: はい、私、山羊座なので、ちょっと控え室の方で”地の星座”っていうと、血みたいだけど……星座のカクテルをいただいたんですけど、凄いおいしかったです。はい。
水谷: で、最後の”風の星座”になるんですが、双子座と天秤座と水瓶座になります。是非、皆さん飲んでためしていただけたらなと思います。
光藤: はい、よろしくお願いします。
水谷: さてここでですね、島田荘司さんにご登場いだきたいと思うんですけどね、いいんですか?
司会: じゃあ、島田先生、よろしくお願いします。
(御大入場)
水谷: 島田先生どうぞよろしくお願いいたします。
島田: お願いします。こちらこそよろしくお願いいたします。ちょっとご挨拶してよいでしょうか。今日は足下がお悪いなかお集まりいだたいてありがとうございました。そして、お二人、お招きいだたいてありがとうございました。
水谷: こちらこそ本当にありがとうございます。
島田: 大変よい本に仕上がりましたですね。えーと、一部は私が登場して少し真面目なお話をしたいと思います。そして二部では少しくだけてね、やっていければと思います。
水谷: で、島田荘司さんといえば『占星術殺人事件』がすごく有名なんですけれども、こちらについてちょっと荒俣さんにお話していただけたらなと思います。
司会: はい、『占星術殺人事件』は島田先生のデビュー作でもあるんですけれども、本格ミステリーの大傑作ということで、大変評判の高い作品でございまして、私たち文藝春秋からですね、『東西ミステリーベスト100』というこれまでの古今のミステリのですね、ランク付けした本が出ているんですけど、その中で何とオールタイムで第三位に入っていましてですね、これは現役作家の中ではトップの得票でございます。まあ、それぐらい記念碑的な作品であるこということでございます。
島田: ありがとうございます。
水谷: この『占星術殺人事件』なんですけど、今回私たちが共著で出させていだたいた『12星座殺人事件』とタイトルが似ていると思いませんか?
光藤: 思いまーす。
水谷: 実はですね、この島田先生の『占星術殺人事件』がなければ多分この『12星座殺人事件』は生まれなかったであろうと思われる作品になるんですよね? それは島田先生とのご縁で生まれた作品ですから、島田先生もお忙しいんですけど、無理をいって今回解説を書いていだたきました。本当にありがとうございました。
島田: とんでもないです。巻末エッセイというのを書いておりますので、そのいきさつというのはお判り頂けると思うんですけど、もともと穴井さんという面白い編集者がいらしたんですね。その方に水谷さんを紹介いだたいて、占星術師であるということですから、あなたこそが『占星術殺人事件2』をお書きになるべきだと会う度に言い続けていました。そうしたら小説を書くのは少し自信がないかもしれない、そこで小説が上手な女の子を見つけました。是非会ってくださいといって、お会いして三人組になったんですね。それから作家の集まり、私関係の集まりがあるときには常にいらしていただき、そして荒俣さんとも仲良くなっていただいて、私の知らないうちにこの本の出版が決められていたと。それは素晴らしい、それでしたら是非協力をしたいという形で今日に到りましたね。
水谷: そうですね。ちょっと『占星術殺人事件』に続く作品を私に書けと言われてもさすがに難しいので、別の形で『12星座』を扱った作品を書けたらいいなとお会いしたときからずっと思っておりまして、もう何年ぐらい前になるんですけど、そこからずっと実は構想を練っていけたらいいなと考えておりまして、ようやくこうして形になりました。
司会: ちょっと着席しましょうか。
島田 :じゃあ、水谷さん、今日はどのような内容で?
水谷: 実はですね、島田先生には解説だけではなくて、本当にそれをいいことにと言いますか……小説の方にもちょっと携わっていただいて、一つの星座に先生に参加していただいてですね、12星座殺人事件、読んで下さった方は……何座に携わっていただいているか、判りましたか? 島田先生、ところで何座でしたっけ?
島田: 天秤座です。
水谷: まあ、堪の良いかたはこれでちょっと、何座にかかわっていただいたか気づいていただけたのではないかと思うのですが、実際にこう、自分の星座とその小説とその解説を読んで、どのような感想をお持ちになりましたか?
島田: 天秤座の方ですか? 天秤座の方は、……怖かったです。天秤座らしい、軽いノリの人で、いいかげんな男だなと思いました。だけど、確かに自分の若い頃を思い出すとね、大変いいかげんな男だったかもしれないなと思いますね。ただ人殺しはしませんでしたけどね(笑)。幸い、それでまあここまでやってきましたが、だけれど全体の感想を言いますと、元々はね、歌手でいらして……ひかりちゃんは……今日は唄を聞かせていただけなくて残念なんですけど、ここにカラオケセットがあると『Z女戦争』などを唄っていただきたいところなんですが、……それらしく大変ノリのいい、リズム感のある方でいらして、文章もミュージシャンあがりの人らしく、非常にリズミックでたたみ込むようなステディさを持っており、しかも表現が彼女たち世代独特の用語があり、その言葉の選び方が独特ですね。そしてはじけた表現が、誰もマネのできない、それからその……彼女自身が言っていたが、エロチックな表現がね……ですから読んでいて、あらゆるものがありますね。殺人といい、推理の醍醐味といい、人物描写、そして若い人世代のあのはじけたかんじ。それからそういった楽しい言葉のやりとり、それが非常にうまく書かれており、天秤座には特にそれがよく表れているかなと思いました。それで私は天秤座の草稿をいただいたときに、自分の筆を加えたり、それからまあ、加筆したり、原作をね、痛めないように一生懸命加筆をいたしました。天秤座のだけ私の筆が入っているということになっています。
水谷: じゃあ、すべてここで正解を明かしてしまったのですが、よろしかったですか?(笑)……ちなみにこう、読んでまして、先生でしたらこの星座となら恋愛してもいいなとか、この星座なら絶対嫌だな、というようなものは?
島田: いや、それは私の口から言うと具合が悪いと思うんで、魚座がダメだとか何かいうと、荒俣さんが傷ついたりしますからね(笑)。どの星座も良いところと良くないところがあると思います。天秤座はとてもその、何というか、スター性があるような人も多いんですが、安楽に軽くて、言ってることがくるくる変わったり、そして信頼できないような一面が表れることもあるんですが、そういうのは魚座もそうなんですよね。ですから我々は一本筋を通して、……って言ったことは変わらない。そういう信念を持って生きなければならない、そういう教訓もありましてですね、あれはね。ですから反面教師的に、各星座、こういう悪い点が表れるかもしれないよ、という警告の書ということで、読ませていただきました。大変面白かったです。私はね。これはですね、期待以上の良いできであったし、まあ、巻末の解説に書いたとおりなんですが、できるだけたくさんの人に読んで頂き、そしてヒットしていただいて、是非第二弾もやっていただき……またここでやりましょう。出版記念パーティーをですね。
水谷: 今回はですね、一応こう、全編が共通で、恋愛のもつれで男性が女性を殺してしまうという設定なんですけども……
光藤: はい、そうなんです。実は二作目?……女性が男性を殺してしまう逆バージョンのやつを書いて……水谷さんと一緒に執筆をしています。
水谷: なので、今回は男性のことを星座の解説では悪く、というか書かせていただいているんですが、次回は女性のダークな側面を書けたらいいなと二人で話しているんです。で、皆さんも是非、自分の過去の恋愛を思い出していただくとか、まあ、今おつきあいしている人もそうなんですけど、そういう恋愛において自分と彼の星座とを照らし合わせて読んでいだたけるとちょっと面白いんじゃないかなと思いますので……何となくね、別れた理由が判るんじゃないかなと思います。是非、読んでいただけると嬉しいな、と。
今日なんですけど、島田先生はミステリー界の大御所であることは勿論そうなんですけど、『占星術殺人事件』を書かれてますので、占星術にもすごく精通されていらっしゃるんですね。今日はミステリーのお話をうかがいながらも、星座について色々とうかがっていきたいなと思っています。なかなかこういった機会というのはなかったと思うので、先生に色々お話いただけると嬉しいなと思います。
島田: もう何でも聞いてください。
水谷: 最初はミステリーの歴史といいますか、外せない作家さんについて教えていただけたらいいなと思うんですが。
島田: あの、ミステリーの歴史について少しお話をいたしましょうかね。本格ミステリーという文芸ジャンルがあると思うんです。しかし本格のミステリーといってもアメリカでは、あるいはイギリスでは通じないんですね。本格という言葉は日本語なんです。これは1920年代に甲賀三郎さんという人が、江戸川乱歩さんと同世代の人なんですがいまして、江戸川乱歩さんの小説を変格、そして英米流の理知的な小説を本格というふうに区別していこうという提唱をするんです。しかし江戸川乱歩さんの変格という言葉が滅んでしまって、本格という言葉が通ったという形で、本格ミステリーというジャンル名になっていくんです。
これがどこから始まったかといいますと、1841年にアメリカのエドガー・アラン・ポーという人が『モルグ街の殺人事件』という小説を書きます。これがどういう小説、どういう特徴を持っているかといいますと、ヨーロッパを中心に、科学革命とでも呼ぶべきものが起こっているわけですね。それまで中世、ヨーロッパにおいて常識というものが今我々が考えるものと大いに違っていたわけです。事例を挙げますと、例えば重い物者が下に落ちる。これは何故かと考えるときに、地下のマグマが引っ張っているんだというような説明が本当に信じられており、これが常識化していたわけです。あるいは太陽は何故燃えているんだろう、石炭や木材を燃やしているんだろうか、そしたら煙も出るはずだし、あのへんの酸素も少なそうだがどうしてなんだろう。これは1900年前後にキューリー夫人という人たちがラジウムの発見、それから核融合という考え方を発見することで、だいたい燃焼の原理というものに見当がついてきたわけですね。それよりずっと前ですが万有引力の発見などによって物が下に落ちる原理、重い物が下に落ちる原理というものが説明されてくるわけです。
つまりこのようにして科学が様々対抗してきて、人々は合理的論理的にものを考えるという習慣が表れてくるわけですね。これが犯罪捜査の現場にも持ち込まれてくるわけです。それまでは前科者という怪しげな人を刑事捜査官たちが見当をつけて引っ張ってきて拷問を含む自白強制をして、自白強要をして、そして告白させ、裁くということをしていたわけですね。ですから大いに捜査官の職人芸に頼っていたし、冤罪も多発しやすかったわけです。そこへ指紋とか血液型、微物収集――微物というのは顕微鏡で見えるような小さなもの、それから顕微鏡という科学的なツールの登場、そういうことによって科学を用いて犯罪の存在を立証していく。そして論理的科学的な考え方によって、証拠を活用しながら唯一無二の犯人を特定していく。そういう考え方がだんだんに主流になっていくわけです。そしてそれまで存在していた陪審制という裁判――これがより充実し、そして以前のように拷問などを用いられていないだろうか、冤罪者ではないだろうか、きちんとこの人が犯人ということで良いか、ということを最高権威者である市民が監視する――という意味合いで陪審制裁判に陪審員として市民が参加している。そういう制度も充実していくわけですね。こういう形が19世紀の真ん中あたりに起こってくるわけです。
そしてその考え方を聞いて、小説化したのがポーの『モルグ街の殺人事件』。これまさに警察官が決して特権主義に陥ることなく、得た証拠に何を拾ったか、この血液型がどうであったか、そして捜査の状況は、現場の状況はどうであるか――こういったことに読者に平等に開示をする。つまり持っている情報をすべて示して、そして事件を解いていく。読者と一緒に解いていくというスタイルをとったわけです。これはしかし考えてみますと、陪審制裁判に陪審員として参加する心得ともとれるわけですね。そういう形で本格ミステリーはスタートしていくわけです。つまり科学革命がなければ本格ミステリーは存在しなかったというふうに言えると思うんです。
そして探偵というのは科学者であったわけですね。捜査官である以前に。そしてこの考え方を非常に正統に、正しく引き継いで一人の科学者を中心にした大傑作の60の探偵譚が現れる。それがコナン・ドイルのシャーロック・ホームズのシリーズなわけですね。シャーロック・ホームズはよく221Bの自宅でよく実験をします。あれはホームズが科学者であることを示しているんですね。そしてホームズがやっていたことというのは、たとえば煙草の灰が……この銘柄の莨は白くなる、この灰は黒くなる。あるいはふわふわであるとか、そういったような分析を行いますね。そしてロンドン中の土の色を研究し、たとえば靴を見てあなたはどこから来ましたね、とかワトソンにもよくいうんですよ。今朝君はウィルモア街の郵便局に行って電報を打ってきたね、なんてことを。それはその郵便局の前の歩道が掘り返されていて、独特な赤土である、というようなこと、それをワトソンの靴がつけていたので行ってきたな、ということが判る。というような形で、犯罪捜査をしていくんですか、この――全体的に見れば、ホームズがやっていたことというのは、新しい学問領域ね、科学のある専門領域はその探偵学といったものを確立させ、定着させようという努力をしていたというふうにもいえるわけですね。で、ホームズというのはそういう形で発生していくわけです。コナン・ドイルというのは眼医者であったわけです。お医者さんでしょ。ですから彼はそういう形で本気で考えていたことなんですよ。ちょっと難しいですね。大丈夫ですか。あなたでもホームズ読んだことないんですよね?
光藤: そうなんです。江戸川コナンしか知らないんです。ごめんなさい。
(会場笑い)
島田: それが一番怖いんですよね。天才というのは素晴らしい作品を書いて、ああなんかやっぱりホームズ読んでいる人は違いますねっていうと、ホームズって誰ですかと言われるとかね。そういう形が一番怖いです。だから天才というのはそういう形で表れる。評論家は、200冊も300冊も本を読まないといけませんが、作家は好きな作品が一つあればいいんですね。で、あなたはその一つもない。(会場笑い)これは凄いことです(続く)。