消失グラデーション / 長沢樹

消失グラデーション / 長沢 樹長沢樹はエロいよ、という噂を耳にしていたので手に取ってみました。結論からいうと、なるほど、なかなかにエロく、またそのエロさがしっかりと仕掛けに繋がっているスマートさなど、読者をどうにかして欺してやろうという稚気にエロを用いた戦略など、なかなかの逸品でした。

物語はノッケから『背徳の死角』なる校舎の裏側で語り手が娘っ子とエッチなことをしているシーンから始まるのですが、やがて校内から女子の制服を盗んでいく変質者の存在などをにおわせた後、物語は、バスケ部のヒロインをとりまく学生たちの青春群像劇の風格を前面に押し出した展開で進んでいきます。やがてこの部内でハブられていたこのヒロインが屋上から墜落するという事件が発生。事件当時、この語り手もまた何者かに気絶させられており、すわ殺人事件かとざわめくも、当の被害者であるヒロインの「屍体」が消失していて、――という話。

「屍体」の消失から、自殺か他殺という点が争点になるはずが、語り手が何者かに襲われ、さらには服をはぎ取られているという奇妙な状況を提示することで、これが殺人事件であることを濃厚に匂わせつつ、語り手の視点から事件の調査が進められていきます。

しかし校内の各所には防犯カメラが設置されており、また事件発生当時には生徒たちが要所要所にいたことから「言うなれば学校全体が、カメラと衆人環視による密室だった」という状況が明示されるのですが、謎の焦点を密室という不可能状況のハウダニットに集約させて、本丸の仕掛けを読者の目線から反らしてしまう誤導の技法が心憎い。実をいうと、この密室に関していえば、乱歩の「類別トリック集成」を持ち出すまでもなく、それぞれの可能性を潰していけば、「これじゃないかなー」ということは容易にアタリがついてしまうのですが、上にも述べたとおり、本作における本丸の仕掛けはこの密室のトリックではなく、被害者を取り巻く状況が醸し出している違和感の所在と、それが引き起こした事件の構図、さらにはそうした状況を鋳造するために作者が人工的につくりだした作中の設定とモチーフの重ねかたにありまして、ひとによってはこの仕掛けに猛烈な拒否反応を示してしまうカモしれません。

実際、この感想を書く前にざっとアマゾンのレビューを見渡したのですが、ザックリとネタバレをカマしつつブー垂れている意見が多いのは案の定というか(苦笑)。ただ、この仕掛けそのものを意味がないとか、本作のテーマなどとかけはなれたもので無理矢理にすぎるという批判については、もう少し作者の、――この事件の構図と仕掛けを繋げるために作者が腐心した様々な技巧と本作における人工性について、読者はいま少し留意してみる必要があるような気がします。

本作では、探偵役となる人物にまず語り手の「僕」と、この人物のパートナーとなるもう一人の人物のふたりがいるわけですが、語り手の推理が真相に近づいていきつつも、結局核心を外してしまうことの繰り返しが展開される後半からが本作最大の見所で、真打ちの探偵が事件の構図を繙いていく過程で明かされていく様々な作中の秘密が、ことごとく本作のやや冗長に過ぎた描写の伏線と結びつき、さらには被害者がひた隠しにしていたある事柄が、作者が作中に凝らした例の仕掛けと連関しているところが素晴らしい。

実際は、この被害者の秘密については、二人の探偵が調査を進めていく中にやや違和感を覚えて、もしかして……と思っていたら、これまた密室トリックと同様、思わず台湾ミステリの某作品の探偵も苦笑いしてしまう真相だったわけですが、もちろん読者がコレを見抜いてしまうことも作者にしてみればおそらくは折り込み済み。このあと、傍点つきで明かされるある事実こそが作者にしてみれば真に読者から隠し通したかったものであり、実際、自分もまさかコレがくるとは思わずマンマと欺されてしまいました。

ただ、フツーであれば、このネタはこれだけで終わるはずが、本作ではまだまだといわんばかりにこのネタをまた別の人物で変奏し、ゲシュタルト崩壊ならぬ××崩壊(やはりここは伏せ字にするべき)した学園模様を見せてくれます。ここまで揃うってのは、小説におけるリアリズムとしてどうなのよ、と考えてしまう読者の感想も個人的には理解できるのですが、被害者の秘密から浮かび上がるモチーフと、この仕掛けの重なり、――この人工的な設定を「美しい」と感じることができるかどうか、……このあたりに個々人の本格ミステリにおける嗜好が見えてくるような気がするのですが、いかがでしょう。

個人的には、傍点つきで第一の仕掛けが明かされた瞬間、語り手ともう一人の人物との関係に関して「アレ?これだったらイイんじゃないの?」(どうイイのかは本編を読めば判ります)と思ったのですが、このあとすぐさま畳みかけるようにもう一つ、同じ趣向の仕掛けが明かされて納得した次第です(仕掛けについて極力ボカして書いているため何が何だかですが、読めば判ります)。

被害者の秘密からしてあまり縁のない世界にいる読者にしてみれば、このモチーフを引き継ぐかたちで明かされる例の仕掛けに関しても畢竟、マイナスの評価になってしまう可能性が高いとはいえ、事件の真相が明かされた瞬間、事件の発生から調査という過程で明かされるバスケ部内部の確執などに感じていたマイナスの印象がプラスへと転じる見せ方は秀逸だし、語り手が探偵行為を進めていくなかで真相にたどり着いたあと、「僕は、傍観者でいることに慣れすぎてしまったんだね。だから何もできず、何も理解することなく、……想いを伝えられなかった」と今までを振り返るシーンは、青春小説としてもなかなかのもの。

また密室トリックや被害者が隠していた秘密など、読者が容易に見破られる要素を表に配置することで、「被害者」を核心に据えた物語だったものが、この人工的な仕掛けによって語り手を舞台の中心に据えた物語へと変化を見せる趣向も素晴らしい、――というか、上にも述べたとおり、被害者の事件にまつわるトリックや秘密の扱いと、傍点つきで記される仕掛けを比較すれば、作者が本格ミステリの仕掛けを駆使して伝えたかったものは、むしろこの語りの心情だったと思うのですが、いかがでしょう。

読んでいる最中は、被害者を光宗薫に脳内変換しながら物語を追いかけていたのですが、これだったら光宗薫は「こっち」の役をやった方がいいんじゃないノ? とニヤニヤしてしまう仕掛けを凝らした人工的な結構など、本作、個人的にはかなり気に入りました。とはいえ、やはり被害者の今後も含めて登場人物たちの今後を妄想すると、何か妙にモヤモヤしてしまうところがあり、これはこの物語のモチーフに由来するものなのか、それとも作者の資質なのか、――このあたりを見極めるためにも、近日中にこのシリーズの続編を手に取ってみたいと思います。