手堅い佳作・傑作を連発しながらその地味な作風ゆえに今一つ大反響というには至らない岸田女史の最新作。個人的には岸田女史といえば徳間というイメージが強いのですが、今回は講談社からのリリース。しかしながら徳間の傑作群にも通じる美しくも哀しい作品で、堪能しました。
収録作は、パリで奇妙な自殺をした従姉妹の死を探る探偵劇が皮肉な奈落を迎える「パリ症候群」、不可解な強盗事件の真相を被害者と加害者の表裏から描いた「砂の住人1――クロテロワ――」、「砂の住人2――依頼人――」、爆弾騒ぎに巻き込まれた人物がその背後の隠微な殺人計画の謎に迫る「すべては二人のために」、屍体消失と母の失踪がひとつに繋がりパリを舞台にした隠微なコロシへと導かれる「青い絹の人形」の全五篇。
いずれも仕掛けや技巧の側面から評価すれば地味な仕上がりに感じられる短編ながら、登場人物の機微や、かつてのお洒落なパリとは一線を画した移民問題に揺れる現在進行形のパリを舞台した事件の構図が素晴らしい。冒頭を飾る「パリ症候群」は、お洒落なパリでモデルになることを目指した従兄弟が移民都市パリの暗黒面へと引き込まれてしまった物語。自殺の真相を追いかけていくうち、探偵と被害者の過去が重なり、フーダニットの矛先があらぬ方向へと突き進んでくる後半の展開がいい。ここでもシンプルな自殺に見えた日本人の死には同性愛者や移民などマイノリティの存在が暗い影を落としてい、この事件そのものの真相もほろ苦い。そしてそうした事件の周囲に配置された登場人物たちの苦さ以上に、探偵行為が思いもしなかった被害者の暗い心理を明かす結末が秀逸です。
「砂の住人1――クロテロワ――」と「砂の住人2――依頼人――」は一つの事件を事件の被害者家族の側と、犯人の側から描いた、……いうなれば対をなす物語で、外国の空港でフと眼にした人物から、未解決となった過去の事件を推理する滑り出しも巧妙で、冒頭のシーンにさりげなく描かれたホームズ的洞察が思わぬ伏線となって、後半の謎解きに繋がっていく趣向も見事です。そしてこの事件を実行犯の側から描いた「――依頼人――」は、ここでも前の物語と精妙な繋がりを見せ、移民と同性愛というマイノリティが暗い影を落とす現在のパリの暗い一面が描かれています。「――クロテロワ――」によって強盗殺人事件の真相は明らかにされているため、いうなれば倒叙形式のように殺人行為が進行しているなかで思わぬ陥穽が待ち構えている、――といった本格ミステリ的としての技巧が凝らされているわけではないのですが、見事にミッションを完成させたあとに、思わぬすれ違いによって悲劇的な結末を迎えるラストが何とも苦い。
「すべては二人のために」は、パリでの美術館巡りをしているカップルが爆弾騒ぎに巻き込まれるものの、そこでとある人物と知り合ったことで奇妙なコロシに関わることになり、――という話。偶然を装った爆弾騒ぎの背後であるコロシが進行していたという事件の構図そのものは既視感のあるものながら、異国の舞台、そして異国のカップルの組み合わせから繙かれる隠微な犯罪は、単に日本人が巻き込まれたというシンプルなものに落ち着くことなく、ここでも舞台となるパリの暗黒面を存分に活かしたものとなっています。そして解決したかに見えたところでどんでん返しを見せる結末そのものも素晴らしい。
収録作一番のお気に入りは、「青い絹の人形」で、屍体消失とキ印婆という少し味付けを換えれば幻想ミステリにも転化しえる謎をプロローグで提示しながら舞台は一転、弱気親父が腹黒オンナと再婚したことに納得いかない娘がリードして、パリへと家族旅行に繰り出したものの、そこで亡くなった母の足跡を見出して、――というところから後半は、プロローグでチラッと描かれていた屍体消失が思わぬ繋がりを見せていきます。娘の視点から描かれていた叙情的な風景は見事な変わり身を見せて、暗黒都市パリを舞台にした真っ黒な犯罪物語へと落ちていく前半後半の落差が素晴らしい。一見事件そのものをリードしているかに見えた人物が隠微な操りを受けていたことが判明し、ここでも最後の最後に登場人物それぞれの印象がまったく変わってしまう構図の見せ方が心憎い。このあたりの演出は「すべては二人のために」のどんでん返しや、「パリ症候群」における探偵行為の帰結にも通じるものがあり、いうなれば本作の大きな見所といえるでしょう。
後四篇は「メフィスト」に掲載された作品とのことですが、メフィストの作品としてはやや地味な印象は否めないものの、こうして一冊に収録された作品をイッキ読みしてみると、移民問題や異国でのマイノリティの立ち位置など、登場人物たちに共通する悲哀と、暗黒都市パリならではの犯罪構図など、一貫した主題が感じられるところもなかなかのもので、自分のような岸田女史のファンであればまず安心して愉しむことができる短編集といえるのではないでしょうか、――とといいながら、やはり自分は気合いの入った徳間での新刊長編を期待してしまうのでありました(爆)。