『体育館の殺人』、『水族館の殺人』といったクイーン流ロジックの演出でミステリマニアを魅了した作者の短編集、――という紹介文を読む前には考えていたのですが、本作はクイーンというよりは、人間観察を端緒にホームズ的推理を前面に押し出した作風で、長編二作とはかなり風合いが異なります。
収録作は、返却されずに残された丼から、件の犯人を探り出す無理筋ロジックが苦笑を誘う「もう一色選べる丼」、五十円玉ばかりをおつりで返す祭り屋台の背後に奸計を探る「風が丘五十円祭りの謎」、ボーイが部活でいじめを受けているのではと勘ぐるヤンキー娘のおせっかいが転じて青春小説らしい真相へと帰着する「針宮理恵子のサードインパクト」、部活の先輩の創作ノートに綴られていたレズ幽霊の真相とは「天使たちの残暑見舞い」、音もなく壊された花瓶の謎に犯人と探偵の対決劇を凝らした「その花瓶にご注意を」、おまけの「世界一居心地の悪いサウナ」の全六篇。
「もう一色選べる丼」は、返却されずに残されていた丼から、マナーの悪い人物を探し出すというフーダニットなのですが、ブツに残されたささやかな気づきを端緒として、怒濤のロジックが展開された長編二作とはやや趣を異にして、冒頭からホームズ的ともいる人間観察を凝らした見せ方に重心が置かれています。フーダニットに精緻な限定法を凝らしているわけではなく、犯人を特定しえる条件を見つけるため、物証に残された違和からその可能性を探っていく展開は確かに作者らしい手さばきが感じられるものの、左利きの自分としては、左利きネタが出てきただけでややひいてしまい、また真相にいたっても「そのためだけにそんなことするか?」という疑問が拭えず、個人的にはかなり無理筋に感じられたロジックがかなりアレ。もちろん「そのためだけにそんなことを云々……」というのは、本格ミステリでは異形の論理を驚きの装置へと転化するための必要条件ともいえるものですが、本作は異形ならぬ日常の謎を扱っているため、そうした犯人の無理のある行動が意外性へとスムーズに帰着していないところがやや惜しい、――とはいえ、これは長編二作の作風と比較しての感想ゆえ、本作を”日常”の”ささやか”な謎を扱った”軽妙な””青春”本格ミステリとしてみれば、ホワイダニットの終着点として立ち現れる真相はいかにも青春しているボーイアンドガールといった感じで悪くありません。
「風が丘五十円祭りの謎」は、おつりに五十円ばかりを渡してくる祭り屋台という謎が明示されているわけですが、これがかつての日常の謎ものであれば、そうした日常の中に潜むささやかな違和への気づきを端緒として、それを推理によっておおよそ日常らしかぬ犯罪や奸計へと帰結させるというのがノーマルな結構ではあったものの、本作では、祭り屋台の奇妙な振る舞いにシッカリと奸計を企む人物をアッサリと中盤で明かしてしまい、そこからホワイダニットに焦点を合わせた後半へと流れていきます。しかしそこで明かされるホワイの真相も、おおよそ日常らしかぬグロテスクなもの、――というにははほど遠い、かなりチンマリとしたものなところは賛否が分かれるところカモしれません。かつての日常の謎を知っているロートルはこうした謎と真相の対比から生まれる落差を重視してしまうきらいがあり、本編のような物語の感想を述べるとすればやや微妙なものになってしまうのですが、若い世代だとまた違った読後感を抱かれるカモしれません。
「針宮理恵子のサードインパクト」は、吹奏楽部のカレシがパシリをやらされていたりイジメを受けているらしいと感じたヤンキー娘が、思わぬおせっかいをきかせてイジメの真相を探っていく、というものなのですが、探偵が推理の後に明かしてみせる真相と、ヤンキー娘が冒頭で体験したちょっとた逸話を重ねて、さりげなく女心を推理の端緒とする伏線に仕上げている構成が心憎い。”現場”に残されていた様々な物証から、隠されていた何かを解き明かしてみせる探偵の推理はスムーズで、ここではホームズ的人間観察と長編二冊で見られたクイーン的ロジックが巧みなバランスで成立しています。
収録作中一番のお気に入りは、「天使たちの残暑見舞い」で、夢の中のような光景で繰り広げられるレズ、――という、エロミス的なくすぐりもしっかり凝らした謎の様態がイイ。ノートに残されていた奇妙な手記から件の幽霊の真相を辿るという、過去を起点にしながらも、真相開示の直前で、あるイベント(というか”台詞”)によって探偵たちがいる現在と過去が繋がりをみせ、それが消失事件の真相のすべてをイッキに明かしてみせる外連も素晴らしい。人間消失という不可能犯罪として見れば、消去法によって脱出出口はほぼひとつに固定されるものの、その出口の使用を成立せしめる事象がキモながら、最近の学校では果たしてこういうものが行われているのかは不明です。ちなみに自分が通っていた高校では、――といっても、もうウン十年も前の話ですが、こういうことはありませんでした。
「その花瓶にご注意を」は、音もなく眼の前で割れた花瓶という謎から、犯人対探偵の論戦が展開されるという、推理合戦(といっても、犯人側は防戦一方ではありますが)を見所にした一篇です。犯人は一人に特定されていて、作者らしいフーダニットはみることができないものの、完璧に見えた推理の穴を犯人に突かれていったん退くものの、そこから新たに推理を構築してみせる探偵側の攻防が心地よい。またブツを発端に据えた推理という点では、花瓶に入っていた水による解釈が反転する見せ方など、推理そのもののの流れの中にもしっかりとしたフックを凝らした趣向など、まさに作者らしい個性の横溢した物語といえるのではないでしょうか。
オマケとなる「世界一居心地の悪いサウナ」は、事件らしい事件こそ起きないものの、本作で縦横無尽に活かされたホームズ的人間観察の推理がむさ苦しいサウナ風呂の展開される一篇です。キャラ紹介だけのサイドストーリーにおさまることなく、ここでもしっかりと本格ミステリならではの魅力を活かした物語は、一冊の最後を飾るエピローグとしても秀逸です。
短編ゆえの弱さなのか、前長編二編に見られた勢いはやや後退しており、全体としては青春ものや、ここ最近の日常の謎ものに感じられる柔らかさを前面に押し出した作風ゆえ、自分のように長編が凄くヨカッタので、これは短編も期待、――というかんじで手に取った読者はいささか複雑な読後感を持たれるカモしれません。そういう意味では取り扱い注意、ということで。