クロノ・モザイク / 二階堂 黎人

クロノ・モザイク  / 二階堂 黎人これは偏愛。ジャケ帯には『SF+ミステリー+ラブストーリー』とあり、「未来の僕が彼女を救う!?」という惹句から定番のタイムスリップものであることが推察できるものの、意外なところでミステリの技巧が用いられ、また後半、作者のファンにはタマらないサービスがあったりとミステリ読みにも愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。

あらすじをざっくりまとめると、不可解なタイムスリップによって、未来に恋人が殺害されることを知った主人公のボーイがその事件を食い止めようとするのだが、――という話。SFとしてはやはりタイムスリップによって生じる因果律の歪みにどうオトシマエをつけるのかといったあたりに関心がいくかと思うのですが、寧ろそうした表層の背後に隠されたミステリのある趣向、――奇妙な連続殺人事件のミッシング・リンクに注目でしょう。

入り乱れた時間軸の中で発生する複数の殺人事件の繋がりを探るミッシング・リンクが推理の過程で暗号へと変容を遂げていくのですが、その解読の端緒を「ゲドババア」的な台詞回しの中に紛れ込まれるという豪腕ぶりが素晴らしい。もっともあまりにひねりすぎたネタぶりゆえに探偵が推理を明かしたときの主人公の一言が「くそう。捻りすぎた。そんなヒントで解るわけがない!」だったりするのはご愛敬(爆)、そして本作で探偵役を務める風来坊氏が思わぬ人物であることが最後に明かされところにも要注目でしょうか。

タイムトラベルにラブ・ストーリーを重ねるという趣向はこうした物語では定番ではあるものの、本作における恋愛物語としての外観については、やや意見が分かれるところカモしれません。というのも、ヒロインの命を救うという主人公に託された宿命を際だたせるためには、主人公はヒロインに一途であることが義務づけられる、――というか、物語の密度を高めるにはそうした方が読者に主人公の宿業と本気度が明確に伝わるところから、そうした路線で物語を進めていくべきところを、本作の主人公は時空を超えてパツキンの美女とよろしくやったり、派手美女のヒロインとは別に地味目な女性に心惹かれたりと、こと恋愛に関してはその態度がはっきりしない。こうした主人公の態度に引きずられて後半まで読み進めていくと、どうにもモヤモヤした印象が続いてしまうわけですが、タイムスリップのメカニズムが明かされた後、主人公のヒロインとの宿命の背後に隠れていたある人物が一気に表舞台へと浮上してくるどんでん返しが美しい。これによって本作に凝らされた恋愛要素の曖昧さ・不完全さが一気に解消され、主人公の冒険譚はすべての事件が収束した後の静謐なプロローグへと引き継がれていきます。

物語は期待通りの完全たるハッピー・エンドで終わるのですが、事件が終わったあとの後日談ともいえる最終節冒頭の一文が「それからのことは、あまり特筆するような逸話もない」ではあるものの、ここから駆け足で語られる主人公の事件後から現在にいたるまでの話がイイ。以下、ちょっとだけネタバレ。

最後に主人公がある人物に対して「学生時代にはいろいろあったけれど、振り返ってみると、僕たちはずっと幸せだったよね?」と語りかけるのですが、この台詞のなかの「いろいろ」という言葉によって表現されている物語こそは、本作で語られた事件であり、様々な曲折がありながらも最後にはこの人物と結ばれ、この物語で語られた事件と、その後の長い時間を振り返って「ずっと幸せだった」と語ってみせる主人公のダンディズムに痺れました(爆)。外部から与えられた(トーラスがもたらした)”偽り”の”宿業”によって美紗緒を救うことに奔走した時間を「いろいろあった」という”軽い”言葉であっさりと語ってみせるとともに「ずっと幸せだった」という言葉の「ずっと」という言葉に感じられる”重み”、――この対比にグッときてしまうのは、本作に描かれた「恐怖の運命」を読み切った読者であればこそでしょう。

それともうひとつ、本作の作風について。若い読者だと、案外、本作は「SF+ミステリー+ラブストーリー」でありながら、SF、ミステリー、ラブストーリー単体の要素を取りだして、奇妙なぎこちなさ、物足りなさを感じてしまうカモしれません。しかし、自分のようなロートル世代だと、この何でもアリ的なドタバタ劇は、七〇年代の漫画やSFを彷彿とさせる、――というか、作者はそうした「かつての幸せだった」あの時代の物語を再現しようとしたものではないか、と感じたりするのですが、いかがでしょう。SFとしての要素、ミステリーとしての要素、ラブストリーとして要素をそれぞれ抽出して愉しむというのも、もちろん本の読む者としては自由ではあるのですが、本作ではそうした細部や部分的な鑑賞法は敢えて忌避し、むしろ「こういうモンなんだ」として、全体を丸ごと受け入れて愉しむのが吉、でしょう。

――とはいいつつ、作者のSFミステリーを期待するファンとしては、やはり「ゲドババア」があるかどうかはやはり気になるところでありましょう。エリマキトカゲこそ登場しないものの、それらしい怪獣が登場して「ググゥアアアアァァァァァゥゥアアアァァ!」という雄叫びを上げるのでその点はご心配なく(爆)。『宇宙捜査艦「ギガンテス」』や『聖域の殺戮』と違ってスペース風味こそ薄味ですが、ラブストーリーにミステリ的な趣向のどんでん返しを絡めた物語は、”ちょっと大人”の味付けだったりします。氏のファンであれば、そしてさらに某シリーズのファンであれば、よりいっそう愉しめるのではないでしょうか。オススメです。