文句なしの傑作。まさに『ゴサインタン』『弥勒』直系の物語で、堪能しました。あらすじをざっくりまとめてしまえば、山梨で人工水晶の製造開発を行っている中小企業の社長がインドで大変な思いをする、――という話。日本人を騙しても平気のヘイサでいるインド人を相手にしたビジネスの様態がかなりのリアリズムをもって描かれてい、出てくるインド人のみならず、インドで仕事をしている外国人も含めてトンデモない山師ばかりが暗躍する物語世界において、こうした一癖も二癖もある登場人物たちに翻弄されながらもどうにかしてホンモノの水晶を手に入れようと奮闘する主人公の造詣が素晴らしい。
『弥勒』や『ゴサインタン』のような、ちょっと頼りないカンジのする主人公ではなく、中小企業の社長だけあって、よくできたた妻と娘を持つ中年男性の姿には、同じ中年リーマンとしてもかなりの親近感を持ってしまいます。謎めいたインド人の少女との出逢いを絡めてやや長い時間軸で物語が語られていくところが前に挙げた二作とはやや異なるところで、主人公はインドと日本を往復しており、それにつれてインド人の少女も成長していくのですが、実をいえばこの少女は主人公にずっと寄り添っているわけではなく、いっときは離れながらもまた奇妙な縁によってまた再会、ということが繰り返されていきます。
前半ではその出自から謎めいた能力を持っているように描かれていた少女ですが、本作は相当なリアリズムをもって構築されており、超常現象めいたものは登場しません。このあたり、なんとなーくですが、もともとこの少女はカーリーのごとき実際に超能力を持つ存在として設定されていたものの、中盤で少しずつそうした役回りをリアリズムへと修正していったように見受けられます。
『弥勒』などとは異なり、明快なハッピーエンドともいえる結末は、篠田ワールドに比較して重厚さが足りないともいえるものの、現実世界では災害に戦争とロクなことがない昨今の状況を考えれば、むしろ少女の未来に託して心地よい幕引きを見せる本作の結びはこれでいいという気がするのですが、このあたりで読者の嗜好が試されているような気もします。
後半にいたって少女の巧緻な奸計が暴かれていく展開は本格ミステリのようでもあるわけですが、本作では時間軸を引き延ばしたことで、主人公と少女の再会が点描されていく流れが巧妙で、時を経て彼女の現在を知ることになった主人公が、彼女の過去を指弾するとともに、その苦難が予想される未来に希望を託す決意を見せる「告発」の文章が素晴らしい。
ちょっと違和感が残るのがジャケ帯に記されている北上次郎氏の推薦文で、「ヒロイン像が圧巻だ。ラストまで一気読みの傑作である」、――たしかに少女のキャラが「圧巻」なのはその通りなのですが、果たして彼女を「ヒロイン」といってもいいのかどうか、……本作の主人公はあくまで中小企業の社長であり、謎めいた存在の少女は終始主人公に寄り添っているわけではないので、ハリウッド映画のごとく、主人公と「ヒロイン」が二人で窮地を脱する冒険譚みたいなカンジを期待すると肩すかしを食らうのでご注意のほどを。『ゴサインタン』と『弥勒』がイイ、という読者であれば、文句なしに愉しめる傑作で、作者の新たな代表作といえるのではないでしょうか。オススメ、です。