身代わり島 / 石持 浅海

身代わり島 / 石持 浅海一応は孤島もの、――とはいえ、本格ミステリならではの閉鎖状況を出現させるための孤島ではないところがミソで(チャンと人も住んでいるので正確には孤島じゃないですね)、そこにはタイトルや島にまつわる過去の出来事にも大きく関わっているのですが、強度の誤導を凝らした、――否、凝”らそう”とした技巧は石持ミステリらしからぬ実直さで、そうした騙しの技巧だけにフォーカスすればやや物足りなさも感じられるものの、氏の過去作と比較すると色々なものが見えてきてなかかな愉しめる一冊かと思います。

物語は、アニメの舞台となった島にイベントを企画する目的で訪れたヨソもんグループの中の女が、アニメヒロインのコスプレ姿でご臨終。果たしてその犯人は、そして人死にの前にヒロインを模した人形の首をもぎとった犯人の意図は何なのか、……という話。

実はこの作品、上にもさらりと述べましたが、あの手この手を使ってミスリードしてやろうという仕掛けに溢れた一作で、そもそもジャケ帯の「なぜ、少女の姿をした人形の首はもがれたのか」という一文からしてかなりの曲者。人死にはタッタの一人ゆえ、殺人事件よりもその前に発生した人形破壊事件の気味悪さの方を前面に押し出して読者の気を惹こうというのも理解できなくはないのですが、この帯の一文にはそれだけではない、作者かあるいは担当編集者の「とにかく読者を欺してやるゾ」という鼻息の荒さが感じられます。

身代わり島というタイトルから、あらゆるものが身代わりというそのままの言葉をはじめ、人身御供や犠牲者といった言葉を変えながらに変奏され、アニメの物語から島の歴史に潜在する「身代わり」のモチーフとリアルの事件を重ねてみせた技法が心憎い。とはいえ、本作のキモはフーダニットよりハウダニットの気色悪さだと個人的には感じられ、――実際、ジャ帯の一文にある「なぜ、少女の姿をした人形の首はもがれたのか」の謎については、早々にその犯人と動機を見抜いてしまう読者も多いのではないかと推察されます……というか、自分がまさにそうだったのですが(爆)、このあたりはちょっと横溝ミステリの某名作を意識しすぎた副作用かと推察されるものの、本作の凄みはこの謎の真相を推理することによって当然考えられる一点へと読者を誤導していくその流れにあり、すべてを身代わりといったモチーフから想起「させて」しまう、――もう少し踏み込んでいえば、すべてに「割り切れる」答えを探してしまう本格ミステリ読みの思考を先読みして、かなりあくどい事件の構図を組み上げてみせたところでしょう。

正直、人形の首事件からコスプレ死体の謎の「すべて」をひとつの精妙な絵図へと仕上げる形を放擲したこの真相はちょっとズルいんじゃあ、……とも思ってしまい、……と、まあ、このあたりはすべての真相を見抜くことができなかった負け組の言い訳になってしまうのでこれ以上は踏み込みませんが(苦笑)、個人的に一番惹かれたのは、その気色悪い動機とこの気持ち悪さをさらりと中盤と最後のロジックに組み込んでケロリとしている登場人物たちのアレっぷりでした。

アニメ作品に心酔している登場人物たちの言動や、アニメのヒロインにクリソツな女の子を島で見つけて大騒ぎしている連中の気色悪さは『御子を抱く』にも通じる石持ワールドならではの斜め上をいく感覚で魅せてくれるのですが、やはりアニメファンとはいえば××でしょッ!という世間の偏見をスムーズなロジックへと昇華させてシレッと澄ましている石持氏の凄みには恐れ入るばかりです。巻末の解説で村上氏は、『相互確証破壊』と本作を比較して、「『鹿子』の清らかさか、あるいは『相互確証破壊』の生臭さか」と述べているのですが(『鹿子』というのは本作で語られるアニメのヒロインの名前)、ここで興味深いのは、『相互確証破壊』がそうした「生臭さ」溢れる描写によって物語世界を構築しつつ、そ生臭さとは相反するほどに切れ味鋭いロジックによって成立していたのに比較すると、本作では官能シーンこそナッシングながら、探偵の口からロジックを介して語られる動機は相当に「生臭い」ところでありまして、その正反対とも言える二作の対比が面白い。個人的には本作の動機は相当に「生臭く」、官能シーンが派手すぎるゆえに逆にフランス書院のようなファンタジーへと変容している『相互確証破壊』に比較すると、本作の「生臭さ」はちょっとキツかったです(爆)。

村上氏の解説にある「普通でない」石持氏の小説の中では「普通の環境が舞台のミステリ」である「普通」っぽさが前面に押し出されているため、逆に「普通でない」という奇妙な転倒が生じている本作、――とはいえ、登場人物たちの振る舞いに関していえば、上に述べたようなアニメの内容がハッキリしていないところへ、登場人物たちがその作品にドップリと心酔している様は気色悪く、このあたりは『御子を抱く』にも通じると思うし、死体発見のシーンでないとはいえ、登場人物の一人が「ひゅっ」と息を呑むシーンもしっかりと用意されてい、さらにはアニメオタクの前科者が「ひひっ!」なんて笑い声をあげながらナイフを振りかぶって襲撃してくるシーンなど、狂気の石持ワールド「らしさ」もしっかりと満喫できるところは好印象。個人的には近作では怪作『相互確証破壊』のインパクトがあまり激しく、アレと比較するとどうにも物足りなく感じてしまうのですが(苦笑)、氏の作品のファンであればやはり安心して愉しむことができる一冊といえるのではないでしょうか。