団鬼六賞受賞第一作を含む観音女史の最新短編集。収録作は、旦那としかセックスをしたことがない元人妻が祭りの夜に”おばけ女”との淫猥なセックスに恍惚とする「おばけ」、かつて官能の快楽を身体に教えた女との再会に隠された奸計「花灯路」、自慰話に盛り上がる男女の隠微な駆け引きが官能を予感させる傑作「指人形」、妻とのセックスが愉しめなくなったセールス男が間男となって人妻を襲う展開に巧妙な騙りの仕掛けを凝らした「奥さん」、AV男優に惚れてしまった人妻の心を不安がる旦那の煩悶「妻の恋」、ヤリマン女の自由と男という生き物の弱さを対比させた「わるいうわさ」、かつて女同志の官能の悦びを教えてくれた元カノとの再会が淫蕩な煉獄の始まりを引き寄せる「美味しい生活」の全七編。
「おばけ」はいかにも観音ワールドらしい、あやかしの京都を舞台した物語で、祭の夜に、自らの淫欲をたぎらせたヒロインが、人混みの中でふと日本画が出てきたような美女に誘われ、――という話。イキナリ誘われても決して断らないのが観音ワールドにおける登場人物たちのお約束で、ここでも彼女は過去を顧みながら、元旦那との夜の生活の不満などを思うさまブチまけてくれるのですが、官能シーンを過ぎたあと、謎女の正体が祭の夜だからこその余興であったことが明かされます。そして彼女とその”女”との新たな関係のはじまりを予感させる幕引きが心地よい。
「花灯路」は、男を知らない処女を思うさま遊んだ挙げ句に捨ててしまった野郎の視点から物語が進んでいくのですが、離婚をしてからはすっかりやさぐれた生活を送っていた男のもとに、元カノからの連絡が。仕事も斡旋してあげるから、来てン、という女の甘言にも疑うことなくホイホイとついていくと、官能を知り尽くした淫乱女へ華麗な変身を遂げた元カノの性技にメロメロになって、――というところから、彼女の隠された意図が明かされます。女の視点から描いてはフツーな物語で落ち着いてしまうところを、男の視点から描いてみせたからこそ、女のおそるべき意図が明かされる仕掛けが絶妙な効果をあげた好編でしょう。
「指人形」は、男と女の自慰ネタで盛り上がるトークから、男がかつて入院していた年上のカノジョを見舞ったときのセックスの話が語られていくのですが、ここから物語を再び現在へと帰還させて描かれる、語り手の男と聞き手の女とが指を絡めあうシーンがもう最高。官能小説の究極は、官能シーンを描かずにいかに読者をコーフンさせるかにあると個人的に思っているのですが、本編はまさにそれを非常に高度な語りの技巧で達成した傑作でしょう。収録作の中では、表題作ということもあって一番のお気に入りです。
「奥さん」は、「奥さん」という語り手の呼びかけからして妙なカンジを漂わせながら、語り手がセールスで訪れた家で人妻を襲う、――という話なのですが、なんか連城っぽいなア……という予感は見事に的中(爆)。最後には妙にアッケラカンとした変態ぶりを披露して、仲睦まじさを明かして幕となるオチがキモチいい。
続く「妻の恋」も前の「奥さん」ほどではないのですが、やはり何か仕掛けがありそうな語りかけによって物語が幕を明けるという一編で、夫婦の夜の生活がなおざりでちょっと、と不満を語る旦那の語りで、妻がAV男優にハマってしまって、――という相談をあるひとに持ちかける、という話。AV男優のイベントに参加するために上京するとハリきる妻と、もし何かあったら、……と自身のオスぶりを自信を喪失しつつある旦那の煩悶を重ねて、最後の最期で語りの仕掛けを明かした趣向がなかなかイイ。とはいえ、この語りだと当然聞き手はあのひとでしょうなア、……という予想通りのオチだったのはアレながら(爆)、ミステリとかを読んでいないひとであれば、案外最後の最期でおおっと驚かれるのではないでしょうか。
「わるいうわさ」は、色んな男とヤリまくりたいから離婚したという淫乱女のお話しで、ここではそんな彼女を満足させられなかった元旦那のアレっぷりと、奔放ながらも自身の快楽に忠実に生きる女性との対比が見所でしょうか。元旦那のいかにも「女の腐ったような」アレっぷりが観音女史の手によってネチっこく描かれているところは、男の読者としてはかなり耳の痛いお話しだったりします。
最後の「美味しい生活」は、ちょっと観音ワールドでは「珍味」ともいえるレズもの。かつて同性とのセックスの悦びを教え込まれてしまったノンケのヒロインが、その元恋人と再会してしまい、――という話なのですが、自身が平凡な男と結婚してツマらない生活を送っているのに比較して、かつての元恋人は金持ちと結婚していい生活を送っているという対比がなかなかに辛い。ここにはさらなる奸計が仕組まれてい、ヒロインには一見するとちょっと可哀想な展開が待っているのですが、官能がもたらす悦楽という点では、絶望的ななかにも一筋の暗い光明を残したかに見える幕引きが秀逸です。
正直、観音小説に関しては、あまり官能小説としては期待していなくて(失礼)、いつもどんな話で魅せてくれるのかワクワクしながら作品を手に取っているのですけれども、本作では「指人形」という官能小説としても名作と呼びたい逸品が収録されていただけでも大満足。さらには「奥さん」や「妻の恋」のような巧妙な騙りの技巧を凝らして、ミステリでいえば連城三紀彦のごとき仕掛けを見せてくれたりと大満足の一冊でした。観音女史のファンであれば文句なしに買い、そしてビギナーであっても、女史の多彩な技芸と官能を愉しめるという点で入門編としてもオススメできると思います。