襲撃のメロディ / 山田正紀

襲撃のメロディ / 山田正紀巨大電子頭脳によって社会システムが管理された近未来(?)を舞台に、そうした体制へ反旗を翻して電子頭脳への襲撃を試みる人間たちを描いた連作短編集。収録作は、ヒョンなことから知り合った娘っ子の歌声に惹かれて、反巨大電子頭脳運動に巻き込まれた男の哀切を描いた「襲撃のメロディ」、電子頭脳における変化の萌芽として表出した幽霊電車を停めようと暗躍するならず者たち「幽霊列車」、巨大電子頭脳を管理する体制と反体という境界線が消滅して管理社会の構図が反転する妙を活写した「最後の襲撃」の全三編。

最初の「襲撃のメロディ」では、まだまだ物語世界の概要がよく理解できていないため、あくまで語り手が娘っ子と知り合い、その流れからある計画に巻き込まれていくのを黙って眺めているしかないのですが、語り手である「ぼく」の行動原理が、ガチガチの反社会、革命的なものではなく、ただ娘の歌に惹かれたという、――漠然とした、多分に感覚的なものに依拠しているところがイイ。確固たる思想を持たずに襲撃計画へと巻き込まれていく後半においても、主人公のどこか醒めた視線によって描かれるコトの顛末から明かされる体制、反体勢の反転の構図がまた苦い余韻を残します。

続く「幽霊列車」は、巨大電子頭脳によって社会システムの利便性が担保された社会において、列車の座席予約システムが頻繁に故障を起こすようになって、――という些細な気づきから、その背後で何かの陰謀が蠢いていることを察知した主人公が、故障の真相を突き止めていく前半にはそこはかとないミステリ風味が感じられます。その真相は巨大電子頭脳の危機的な状況を暗示するものなのですが、それからタイトルにもなっている幽霊列車へと繋げていく奇想が素晴らしい。やがてならずものたちが参集して、件の電子頭脳に戦いを挑むわけですが、そうはいっても、この前の「襲撃のメロディ」でも人間側が敗北を喫しているわけで、今回はどうするのかと見ていると、頭脳プラス過酷な肉弾戦で勝負ッ!とアクションを加味した展開が昔風。今であればお気楽にハッカーがネットワークを介してコンピュータへ侵入して、――なんてカンジで、汗も痛みも感じない描写でさらりと流してしまうところが、本作ではしっかりと肉体的な動作を凝らして人間ドラマへと昇華させた構成が秀逸です。

「最後の襲撃」では、巨大電子頭脳に反旗を翻す連中が後を絶たない状況の理由が明かされていくのですが、電子頭脳を管理している側が危惧しているコトが意想外な反転を見せ、体制と反体制という安直な対立構造が崩壊していく過程が描かれていきます。前二編と違って、襲撃を実際に試みるのが女性ということもあって、汗臭さこそ感じられないものの、傍点付きで「彼」と呼ばれる反体制派の首魁とおぼしき人物の意想外な正体が明かされていく展開はフーダニットとしても愉しめるし、「幽霊列車」で襲撃を試みた仲間のひとりが抱いていた狂気とを重ねて描かれるヒロインの異常な”愛”のかたちは、今だと案外フツーに受け止められるような気はするものの、当時は結構斬新だったのでは、と感じた次第。

さすがに巨大電子頭脳という設定そのものが、今日日ではいささかの古くささを感じさせてしまうきらいこそあるものの、当時だったからこそ、襲撃行為そのものに人間の肉体を活かした方法をふんだんに描いてみせることによって、抜群のエンタメ小説へと昇華させた風格が素晴らしい。『神狩り』や『氷河民族』、『弥勒戦争』とはまた違った知略と肉弾戦を巧みにブレンドした物語展開が愉しめるという点で、ここ最近再読した作者の初期作のなかではもっともエンタメ要素が強い一冊だと思います。オススメでしょう。