遠い夏、ぼくらは見ていた / 平山 瑞穂

遠い夏、ぼくらは見ていた /  平山 瑞穂長いあいだ気になりつつもずーっと手つかずのままだった作者の作品。物語は、十五年前にカルトっぽい男が主催するキャンプへと参加した五人の男女の前に、カルト男の遺言執行人を名乗る弁護士があらわれる。カルト男が残した莫大な遺産はその遺言によって彼らの誰かの手に渡ることになる、というのだか、――という話。

改題前のタイトルが『偽憶』というだけあって、当時の記憶を皆が必死に思い出そうとすうちに、意識の底に眠っていたあることが甦り、――という展開は、ミステリでもありがちな定石中の定石。本作も基本的にそうした流れに沿ったものになってはいるものの、記憶を辿る動機が過去の事件の真相を探るのではなく、そもそも皆が何も思い出すべきなのかがよく判っていないという変化球が秀逸です。

何も思い出すべきなのか、という点については本作の趣向に大きく関わっているため、ここでは伏せますが、過去の記憶を辿る行為の中から、唯一死亡している人物の影がチラつき、後半へと進むにつれて奇妙なねじれを見せていく結構もまた見事で、当時の逸話はもちろん、遺産を手に入れることができるかもしれない彼ら彼女たちの現在の境遇までをも緻密に描いているため、こうした物語であれば当時を思い出すことによって次第に不穏な空気が漂いはじめて、徐々にサスペンス風味が増してくる展開は薄いものの、物語の大部分を占める第一部の後半で、遺産を手に入れることができる人物が誰であるかが明かされるや語は急転直下。彼ら彼女たちの過去に隠れて姿を見せなかった人物が全面に出て、ここまで語られてこなかったある人物の逸話の詳細が明かされていきます。

この急転はマッタク予想できていなかったので、思わずのけぞってしまったのですが(爆)、この人物の語りによって明かされるある人物の過去は悲劇的ながら、ある偶然から長い時を経て犯行を決意するにいたるまでの流れが、なんとなく大石圭の傑作『アンダー・ユア・ベッド』に似ているな、と感じました。日常の非常に些細な偶然から、目に見えぬものに操られるかのごとく犯罪行為に手を染める、――というところは、ちょっとホラーめいていますが、本作の見事なところは、こうしてこの人物の口からその動機とその方法が明かされたあと、再びつかの間の休止を経て、予想とは異なるかたちで事件の構図が読者の前に繙かれていく展開でしょう。

「犯人」が犯行を決意した起点が無化され、さらにはある人物の意図によってその犯行そのものも無化されてしまう。すべてが虚無へと収斂していくなかで、「犯人」が最後に見る幻影が悲哀と「絶望的なハッピーエンド」を予感させる幕引きは素晴らしいのひと言。

事件の真相を巡る物語ではなく、事件そのものが何であったのかを探るという、こうした物語の定石とは異なる謎の提示で読むものの興味を惹きつける前半、そしてあるもののの死から後半部の急転へと伏線を鏤めた中盤、さらには急転直下によって、過去現在すべての犯行が虚無へと収斂していく後半といい、外観はミステリらしくありつつも、定石から外れた趣向や悲哀と希望溢れる幕引きがもたらす読後感は独特。ことさらに謎解きを追いかけなくとも、ストレートに作者の仕掛け溢れる構成と展開に翻弄されながら読み進めていってもかなり満足できる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。